フラミー・キャメルは生徒達に急かされ、ここ何年かぶりの駆け足で教室へ向かった。
小走りで移動している途中も、暴れるような大きな音が響いてきて、これはただごとではないのだとフラミーは感じ取った。
「先生っ、教室です!」Aクラス、と書かれた札を指差して男子生徒が言う。
「言わなくても見えていますよ」
「早く、止めに、入って、下さいッ」息を切らしながら女子生徒が怒鳴る。
「分かっていますよ――」
その時だった。
教室から、女子のものと思われる甲高い悲鳴が上がった。
「何事ですっ!!」
いつもの威厳はどこへやら、ヒステリックに叫びながら、フラミーは勢いよくドアを開けた。
すると、驚くべき光景がそこにはあった。
いつもの教室。
なのに、椅子や机はあちこちに倒れている。
中央には、二人の生徒の姿。
頭を庇って立っている「深紅」のシャミー・ブルータスと、
シャミーに向かって疾走する、サンダー・リシェル。
その高く掲げられた手には、
カッターナイフ。
***
サンダーは渾身の怒りを込め、先生にもクラスメイトにも構わずに、憎き優等生にカッターを振りおろした。
真っ直ぐに振り下ろされるカッターナイフ。
その下で怯えたように蹲るミス・優等生。
その姿に、今まで感じたことのないような殺意を感じた。
――死ね。
***
ベティ・エバンズは、サンダーが、両手にカッターを握り締めて走っていくのを見て、咄嗟に目を両手で覆った。
次の瞬間に起こるであろう出来事を悟ってしまったからだ。
きっと、次の瞬間には、悲鳴が上がって、そして――
ベティの予想通り、女子たちの甲高い悲鳴が聞こえた。
しかし、もう次の瞬間には――それが、歓声に変わっていた。
――えっ?何で、歓声?
そっと、目を覆っていた手を放す。
と、目に入ったのは、床の上で大の字に伸びているサンダーの姿だった。
***
悲鳴が、どこか遠く、遥か彼方から、シャミーの耳に届く。
と、次の瞬間には、歓声のような声が爆発した。
この声は、どこから聞こえているんだろう。
私は今、どこにいるんだろう。
何故、皆の声が、こんなにも遠くから聞こえるんだろう。
この目を開いたら、何が見えるんだろう――
シャミーはゆっくり、瞼を開いていった。
すると――目に飛び込んできたその世界は、青く、霞がかっているようだった。
――私の目は、どうかしたんだろうか……
すると、青い膜のようなものは、自分の周りを取り囲むように存在しているのだと分かった。
それなら……と、シャミーは指でその膜を突いてみた。
膜はシャボン玉の如く簡単に割れた。
そして現れたのは、いつも通りの、ありふれた教室。
ただ少し変わっていることと言えば――机と椅子があちこちで倒れていること、クラスメイトが呆然と自分を見つめていること、それと……サンダーがカッターを握り締めたままで、床に伸びていることくらいだ。
「シャミー!大丈夫?」ベティが走り寄って来た。
「えっと……私、どうしたの――?」
「……実はあたしも、目を瞑ってたから分からないの。クリスは?クリスは見てたでしょ?」
「……見てた」
「クリス、何があったの? 私、何したの? 何でサンダーが気絶してるの?」
「分かった、じゃあ――」
***
クリスは先程見たことを、手短にシャミーに語った。
全てを話し終えるとシャミーは「?」と首を傾げていた。
「でも、どうしてそんな――」
しかし話はそこで中断された。
「ブルータス、あなたは少人数教室に来なさい。話を聞かせて貰います。それと、誰か、リシェルを保健室へ担いでいきなさい。――駄目です、カッターは置いていきなさい――皆さん、私が戻るまで自習です。騒いではいけませんよ、では」
そう言ってキャメル先生とシャミーは教室を後にした。
自習だと言われ、案の定クラスメイトたちが騒ぎ始めた。
やることがなく、クリスは先程の出来事に思いを馳せていた――
――疾走していくサンダー。頭を庇い蹲るシャミー。
そして、サンダーがシャミーの頭にカッターを振り下ろす――
誰もが嫌な予感を感じ、悲鳴を上げたその時だった。
なんと、青く薄いシャボン玉の膜のようなものが、シャミーを包みこむように現れ出でたのだ。
その一見薄い膜に、サンダーは構うことなく飛びかかっていった。
そして、青い膜は、バリアの如く、見事にサンダーを跳ね返した――
一部始終はこんな感じだ。
……いや、正確に言うとまだ続きがある。
あの時漏らした本音の呟きを思いだし、誰かに聞かれてはいなかったかと、クリスは顔を赤らめた。
「クリス、どしたぁ?顔赤いよ」無神経にもベティが突っ込んできた。
「な、何でもないよ!!」
――シャミーのバリアがサンダーを跳ね返したその時。
クリスは思わず、ぽつりと呟いた。
「……かっこいい。」