サンダーは、自信満々、余裕綽々といった出で立ちのシャミーを見て、怒りを更に募らせていた。
ふざけるな。
どうせ「能力」を使うつもりなんだろう。
この俺を突き飛ばすなんて。
よくもそんなことが出来たものだ。
やってやる。徹底的に制裁を加えてやる。
父さんが出て行ったのも、母さんが別人のようになったのも、全部あいつのせいなんだ。
俺が母さんの代わりに恨みを果たす――
サンダーは吊り上がったその目に殺意を漲らせ、何の前触れもなくシャミーに殴りかかった――
***
不意にサンダーが、シャミーめがけて拳を振るってきた。
間一髪、シャミーは大きく身をのけ反らせ、攻撃をかわすことに成功した。大きな拍手と動揺のざわめきが、小波の如く広がっていく。
しかし続いて休む間もなく、二度目の拳が振るわれた。
今度は肩を掠っていく。肩に僅かな痛みが走った。
向こうがその気なら、私だって容赦しない。
そうシャミーは心に誓い、早速、サンダーの脛に思い切り蹴りを入れた。
「つッッ」
サンダーの間抜けな声がして、教室の張りつめた雰囲気は一気に弛んだ。
女子サイドから容赦ないくすくす笑いが聞こえ、サンダーは痛みと屈辱に顔を歪めた。「よくも」とか「母さんのために」とかいう単語がサンダーの口から漏れるのが聞こえる。
立て続けにサンダーのパンチとキックがシャミーを狙った。が、並外れた運動能力も手伝ってか、一つもシャミーに当たることはなかった。
お返しとばかりにシャミーはエルボーを(見よう見まねで)サンダーの鳩尾に。サンダーはゴホゴホと咳き込み、顔を上げたかと思うと、きっとシャミーを睨み付けた。その瞳には妖しい光が宿っていた。正気を完全に失ってしまっている。
「……殺してやる」
そう言ってサンダーはポケットに手を突っ込んだ。
何をしているのか。そうシャミーが思っていると、サンダーの手と共にポケットから何かが出てきた。
女子サイドから悲鳴が上がる。
その叫びを楽しむかのように、サンダーはにやりと笑った。
そう、サンダーが持っているのは、カッターナイフだった。
***
フラミー・キャメルは、教室で事件が起ころうとしていることなど知らず、職員室のデスクでプリントを作成しながら、呑気にコーヒーを啜っていた。
するといきなり職員室のドアが乱暴に開かれ、数名の生徒が雪崩れ込んできた。
しかも、あろうことかその生徒は、全て自分のクラスの生徒だった。フラミーは恥ずかしさに顔を赤らめた。
「何です、騒々しい!!職員室には『失礼します』と言ってから入室するのが常識でしょう!!それなのにあなたたちときたら、挨拶もせずに駆け込んできて……恥ずかしいったらもう……」
「すみません。でも、今はそんな暇ないんです」一人の女生徒がおずおずと言う。
「何ですって!」フラミーは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「そんな暇ないんです、とは何ですか!!とにかくきちんと謝らないと、先生は話を聞きません!!」
と、メタルフレームの眼鏡越しに生徒達を睨み付ける。最高に威厳たっぷりだと密かに満足していると、
「先生、そういうくだらない芝居要りませんから。ていうか、普通は、どうしたの、何があったの、とか聞くもんじゃないんですか」一人の男子生徒が堂々と言い放つ。
くすっという微かな笑い声が職員室のあちこちから聞こえてくる。フラミーにはそれが、男子生徒を褒め称える賞賛の声に聞こえてならなかった。
「……ゴホン!えー……それでは……。何が、あったのです?」
その途端、ドンッという大きな音が響いた。どうやら音は、階上から聞こえてくるようだ。
「えー、やけにうるさいですね……」
「うるさいですね、じゃないです。これですよ。シャミー・ブルータスとサンダー・リシェルが、大喧嘩してるんです」
***
シャミーは凍りついた。まさかサンダーがここまで本気だとは、思いもしなかった。
陰湿ないじめを巡った喧嘩、喧嘩を売った張本人でさえも、その程度のものぐらいにしか考えていなかった。
まさか、サンダー、本気で私を殺すつもりじゃ――
嫌な予感に包まれたその時、サンダーがカッターの刃を出し、掛けてくるのが目に入った。
「危ないっっ!!」
誰かが叫んだ。
怒り漲るサンダーの顔。
その、手に握られたカッターナイフ。
刃が2センチは出ているだろうと思われるカッターナイフ。
蛍光灯の光を受けて、殺意に満ちた凶器の光を放つ、そのカッターナイフ。
シャミーは咄嗟に目を瞑った――
悲鳴が、どこかずっと遠くから、聞こえてくる。
……