シャミーは怒りと悲しさで、体が微かに震えるのを感じた。
「……酷い!誰がこんなこと……」
ぼそりと呟く。
と、身体が熱くなっていく、不思議な感覚を覚えた。
身体の内から何か熱いものが込み上げ、隈なく全身まで回っていく。そんな感覚。
ベティがはっと息を呑むのが聞こえた。
「シャミー!ちょっと、『能力』が……。」
――えっ?
自分の体を見下ろす。
シャミーも、息を呑む。
自分の手が、足が、髪が、そして何故か服までもが、深紅に染まっている。
「……またやっちゃった」
シャミーは深紅に染まったその顔に、精一杯の微笑みを浮かべてみせた。
***
ベティは、みるみる深紅に染まっていく親友を、ぽかんと口を開けながら見つめていた。
でも、ベティがこうなるのを見るのは、初めてのことではなかった。
シャミーは、物凄く怒ると、こうして深紅に染まる。
頻度で言えば、半年に一度ぐらい。
でも昔はもっと凄かった。
シャミーはいじめられっ子だったから、こうして深紅に染まることも珍しくなかった。
でも、去年くらいからは、『赤』を拝むこともなくなった。
シャミーによると、シャミーのお母さんが、学校で『能力』を解放することを禁止したのだそう。
理由は、知らない。
***
「おはようございます」フラミー・キャメルは言う。
すぐに、おはようございます、先生、という声がクラスから返ってくる。
挨拶とは気持ちのいいものだと、フラミーは改めて思う。
プリントをデスクに置き、椅子に座って一息つく。
そしていつものように、クラスを一瞥する。フラミーの日課であり、癖。
するとフラミーは異様なものを見つけた。
深紅に染まったシャミー。髪も、肌も、瞳も、赤。
噂には聞いたことがあるものの、フラミーは『赤』のシャミーを見るのは初めてだった。
――これはただごとではないかもしれない。長年の教師の勘がそう告げていた。
「ブルータス。どうしました?」
シャミーが、その赤い、燃えるような瞳でフラミーを見る。
「何ですか、キャメル先生?」
シャミーの言葉には刺があった。心なしか目つきも鋭い。
内心腹立つのを堪え、フラミーは威厳を保ち、シャミーになおも質問する。
「いいえ。……でも、学校内で『能力』を使用するのは、お母様から禁止されていると思ったのですけれど。あなたがお母様との約束を破るとなると、何か理由がある訳でしょう?」
シャミーは眉間に皺を寄せた。
「……はい、キャメル先生。今朝、教科書に落書きがあったんです」
「落書き?」
「見てください」
シャミーは問題のページを開き、フラミーに手渡した。
そのページを見た途端、フラミーは驚いて、メタルフレームの四角い眼鏡を掛け直した。
非常に陰険な悪戯だ。十歳の子供がするものとは、とても思えない。
***
怒りに燃えるシャミーと、驚く担任を、サンダー・リシェルは唯無表情で眺めていた。
別に悪戯書きくらいで、ああも騒がなくていいものだと、冷静にサンダーは考える。
「死ね」なんて、別に誰でも思うことだ。誰でも一日に一回は思うことだ。思わない方が不自然なのだ。そうサンダーは思う。
特に、天才少女と崇められているシャミー・ブルータスに殺意を抱く者など、このクラスに限らず、世の中には腐る程いる。
それを実行するかしないかの違い。
勇気か怠惰かの違い。
唯それだけだ。
当のブルータスだって、その隣に座ってる「模範生」のジェフリーだって、キャメル先生だって、誰だって、誰かに対して、「死ね」なんて思うはずだ。
結局皆、いい子ぶってるだけなのだ。
「リシェル、どう思う?」
後ろから、「模範生」が、囁く声がする。その声には、明らかに「お前を疑ってるぞ」という響きが含まれていた。
――だから俺は、振り返って言ってやった。
「その犯人に、拍手を送りたいね」
「は、拍手?」
「その演技、わざとらしいぞ。ジェフリー」
「え?」
「犯人は、お前だろう?」
クラスが水を打ったように静かになった。
目という目が、あの「模範生」に注がれる。
皆、不審そうな目つきで、クリストファー・ジェフリーを、見る。
――他人の不幸は蜜の味。サンダーはそう、口の中で呟いた。