⑥ 無自覚の下手人(げしゅにん)
岩ヶ原の件から、半月ほど経った
ある日の夕刻、
俺は、ふたたび番所へ行って、
倒れていた男のことを尋ねた。
男の怪我は治ったそうだが、
記憶は戻らなかったので、
番所でも仕方なく、
近くの山寺の和尚へ身柄を預け、
仏門に帰依させることにしたという。
俺も近藤も、男のことを
沖田に話すことはなかった。
沖田は、捕まえてきた子犬に
「キナコ」という名前を付けて
可愛がっていた。
岩ヶ原では「菓子泥棒!」と言って
子犬を追いかけて行った沖田だが、
捕まえてみると、
子犬がくわえていた袋の中に、
「きなこもち」が入っていた。
沖田はそのとき、
「この子犬、お腹が空いてるんだな」
と思い、袋の中から、
きなこもちを出してやると、
子犬は嬉しそうにしっぽを振って、
ペロリと食べてしまった。
そして、もっと頂戴!とばかりに、
キャンキャン鳴きながら、
せがんだという。
「この子、きなこもちが
好きみたいだから、
名前を『キナコ』にしました」
沖田は嬉しそうに子犬を抱きかかえ、
「近くのお菓子屋さんへ行って、
きなこもちを買ってきますね」
と、毎日、散歩のついでに
子犬を連れて出かけていった。
駄菓子屋のほうでも、
沖田と子犬が来るのを
楽しみに待っていて、
店主の爺さんなどは、
わざわざ、きなこもちを
子犬の顔そっくりに作って
店先に並べるものだから、
見るなり沖田は
大喜びで買いあさる・・
という始末だった。
近藤は、沖田の様子を見かねて、
「きなこもちばかり買ってこないよう、
たまには沖田と子犬の散歩に
ついて行ってほしい」
と、俺に頼んできた。
犬の散歩くらいで、
外出するときから一緒に出かけると、
沖田も見張られているようで
気持ち悪かろうと思い、
俺は先に行って、
駄菓子屋の横の裏通りで待ち、
偶然、なにかの用事で
出くわしたようにした。
子犬を抱えた沖田と一緒に
駄菓子屋の近くまで来ると、
店先に、網代笠(あじろがさ)を被った
托鉢(たくはつ)の修行僧らしき者が
ひとり、片手に小鉢を掲げて
経を唱えながら
佇んでいた。
そこへ店主の爺さんが出てきて、
僧の手の小鉢の中へ、
きなこもちと小銭を入れてやった。
と、そのとき、
沖田の手から急に子犬が飛び降り、
僧へ向かってピョコピョコ走り出した。
「托鉢だから駄目だよ、キナコ!」
沖田は慌てて追いかけた。
子犬は托鉢の僧の足もとで
鼻をクンクンさせ、
しっぽを振っていた。
僧も子犬に気が付き、その場にかがんで
鉢の中のきなこもちを差し出した。
子犬はペロペロと、きなこもちを食べた。
「もうしわけない」
と、沖田は僧に謝り、
小銭を鉢の中に入れてから、
子犬を抱き上げた。
僧は軽く会釈をし、
再び経を唱えて歩きだした。
すると、子犬が沖田の手から
また飛び降りて
僧のあとを追いかけた。
沖田は苦笑いしながら、
「あの鉢に、まだ、きなこもちが
あると思ってるんだな」
と言って、すぐ子犬を追いかけて
抱き上げた。
ところが子犬は、
沖田の手から離れようとして、
もがいていた。
そして、托鉢の僧に向かって、
キャンキャンと声を上げて何度も吠えた。
俺は、何気なくその様子を見ていたが、
どこか奇妙な感じを覚えた。
「あの托鉢の僧は、
どこから来たのだろう?」
あとで、それとなく
駄菓子屋の店主の爺さんに聞いてみた。
托鉢の修行僧たちは
近くの山寺の幸運寺から来ているそうで、
最近になって、
よく見かけるようになった、という。
「近くの山寺・・」
俺は、沖田と一緒に散歩から帰ったあと、
ひとりで近藤の部屋へ行き、
子犬の様子と托鉢の僧のことを話した。
「近くの山寺といえば、
岩ヶ原で倒れて記憶を失くした男が
預けられたところだ。
もしや、托鉢の僧の中に、
あの男がいるのではなかろうか?」
近藤は、少し驚きながら続けた。
「あの子犬にしても、
岩ヶ原で偶然出くわしたのでは
ないかもしれないぞ」
俺も頷いて、
「駄菓子屋の前で見た托鉢の僧は、
子犬となにか関係があるかもしれん」
俺たちが互いに思案していると、
外からキャンキャンと
子犬の声が聞こえてきた。
「トシさん、明日、山寺へ行ってみよう」
「うん。だが、明日は午後から
道場稽古があるし、
総司には、
なんて話せばいいかな?」
近藤は少し考えてから、
「男の記憶が戻ってなかったら、
総司には何も話さなくていい」
「少しでも戻ってたら、どうする?」
近藤の顔を覗くように聞くと、
「そのときは、また考えよう」
俺は無言のまま頷いた。
近藤としては、あの子犬のことも含め、
『果たし状』の送り主が、
岩ヶ原で倒れていた男なのかどうか、
確かめたかったようだ。
俺としては、まさか沖田が、
なんらかの方法で、
男を酷い目に合わせながら
黙ったまま見過ごしたのだろうか?・・
ということを、確かめたかった。
近藤も俺も、できれば、
沖田へ直接聞かずに済ませたかった。
もし、あのとき、
俺たちが、あの男を発見しなかったら、
男は岩場で気絶したまま
野タレ死んでしまったかも
しれないからだ。
反対に、
もしかすると、あの男が
沖田の背後から
襲いかかろうと
していたのだろうか・・。
いずれにしても、
男の記憶が戻らないうちから
沖田を「無自覚の下手人」として
咎めるようなことはしたくなかった。
翌朝、近藤と俺は、
「道具屋へ行ってくる」と沖田へ言って、
山寺へ出かけた。
昼前には到着し、
早速、和尚に尋ねたところ、
修行僧たちは既に托鉢へ出かけてしまい、
戻るのは夕刻頃だという。
和尚の話では、托鉢の修行僧の中に
岩ヶ原の男もいる・・ということだった。
男の記憶は、少し戻っているようだが、
まだ素性は思い出せないらしい。
ただ、もともと物覚えの良い男のようで、
念仏や読経は、短期間で習得したそうだ。
昨日、急に思い立って来たものの、
その日は道場の稽古もあり、
遅くなると沖田に疑われかねない。
夕刻まで男の帰りを待ったとしても、
素性がよく思い出せないのでは
なにを問うても判明しないだろう。
仕方なく、俺たちは昼過ぎに
山寺をあとにした。
帰りがけ、近藤はポツンとつぶやいた。
「結局、男の記憶が戻ろうが戻るまいが、
御仏に仕える身となってしまえば
俺たちが住む俗世とは、
もはや無縁の者であることに
変わりはないな」
俺も頷いて、
「子犬の鼻だけが、
あの男のことを知ってるとしても、
あえて沖田に話す必要はないだろう」
近藤と俺の思惑は、
「岩ヶ原の男のことは忘れよう」
ということで一致した。
子犬を飼うようになってから
以前にも増して
楽しそうにしている沖田の様子をみれば、
岩ヶ原の男のことなど全く知らない・・
というのが、やはり正解のようで、
少しでも疑った俺のほうが、
馬鹿らしく思えた。
しかし、それから半月ほど経ち、
事態は急展開した。
以上、創作連載 第1話『おかしな男』
⑥ 無自覚の下手人(げしゅにん)
💛次回(最終回)の予告
⑦ 心の機微
創作連載 第1話『おかしな男』①~⑤までのまとめ
(序幕:朗読&BGM動画)
(前話①)
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(前話②)
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(前話③)
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(前話④)
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(前話⑤)








