亡き父の病 | アメブロれんやひめ

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※土方歳三の実像写真を
独自に光源カラー化させ
3D Digital Human 再生。


※2025.8.2 個人出版
歴史人物探求シリーズ
Amazon Kindle 電子書籍
『土方歳三の謎』第1巻(名前の謎)
ペンネーム:連矢城(れんやじょう)

( ̄▽ ̄)昨日の続きで「オヤジ」について書くね。



父の祖父にあたる人は、免許のない漢方医だった。

 

名前は「ショーヘー爺さん」。

 

その爺さんの漢方薬の看病のおかげで、

 

父は幼い頃、ひん死の熱病から救われた。




薬といえば、

父は長年、糖尿病を患っていたので、

神経障害を抑える薬を飲んでいた。

 

「テグレトール」という抗テンカン薬と眠剤。

そして、食事の都度、インスリン注射を打っていた。



とはいえ、特に食事制限するわけでもなく、

食べたいものは、よく食べていた。

とりわけ、甘~い和菓子が好物だった。



酒は嗜まず、おチョコをナメただけで赤くなる体質。

タバコは青年期に少しだけ吸っていて、

子供ができてから、やめたらしい。



糖尿病でありながら

血液の循環は左程悪くなく、

担当医からは、

「多くの糖尿病患者のうち

5本の指に入るほど、珍しいケースだ」と言われていた。



かなりの頻度で高血糖になることもあったが

透析の心配はなかった。


亡くなってから火葬場で焼いたあと、

頭蓋骨の裏側に綺麗な紅色が薄っすらとついていた。

こんなに頭の血が綺麗だったのか・・と

感動したのを覚えている。



もっとも、生前、昼夜問わず低血糖症状になると、

その都度、自分が察知して糖分補給をし、

オツムがもとに戻るよう助けてあげたことが

数えきれないほどあった。


医者からは、血糖値が高いことよりも

低血糖に注意してくださいと言われていた。


低血糖症状は、静かに襲ってくる。

本人が気が付いているうちは

「低血糖だ!甘いものをくれ!」

と、周囲へ伝えることができた。


しかし、高齢化がすすんで認知機能が衰えてくると

本人が低血糖であることに気が付かない。


一見、眠くなっているようにしか見えない低血糖症状。

古い映画では『ゴッド・ファーザー』の最期のシーンがソレだ。


普通に見ると「眠いのだろう」と見過ごしてしまう。

低血糖症状が継続すると、やがて昏睡状態になって

死ぬこともある。


ところが、映画のボスのように、

おとなしく死ぬかと思いきや、

全くそうではない。


低血糖症状が酷くなってから、

糖分を少しだけ補給した場合、

動物脳(最終生存本能)が異常に働くのか、

起き上がろうとして、

ゴリラのように手脚をバタバタさせ、

寝たまま猛烈に暴れ出すのだ。


外出先でそうなったことがあり、

そのときは救急車を呼んだ。


救急隊の人も、驚いていた。

低血糖昏睡でグッタリするどころか、

凄まじいゴリラパワーを発揮して、もがいていた。


救急車の中では、自分も父の手脚をずっと押さえていた。

病院へ到着する間に「糖分補給できないか」と、たずねてみたが

「搬送の際に救急隊では医療処置ができない」と断られた(当時)。


夕方は車が多くて道が渋滞していたので、

病院へ到着するまで、かなり時間がかかった。


ちょうど入口付近の救急センターに到着すると、

お相撲さんのような巨漢のデブッチョ救急医が

わざわざ外に出て仁王立ちに待ち構えていた。



その姿をみたとき、「これでゴリラも安心だ」と

密かに思った。



処置室に入ってすぐ、

「かなり暴れますよ」と告げると、

「大丈夫です」と、デブッチョ医は慣れた剛腕で

ヒョイと父を押さえつけ、点滴をブスリと投入。

ゴリラオヤジはそのまま、嘘みたいにスヤ~。



目覚めてから聞くと、

デパートへ独りで買い物に出かけ、

地下の入り口あたりで低血糖症状になったらしい。



なかなか戻ってこなかったので

自分が探しに行ったところ見当たらず、

行き違いで帰っているかもしれないと思って

引き返してきたものの、まだ帰っていなかった。


それから約10分ほど待っていた。


ぼんやりと「真っ白に燃え尽きた矢吹丈」の絵が

ふと脳裏に浮かんできた。

リングのコーナーに腰かけて目を閉じている。

『あしたのジョー』の最終回だ。



そのとき、「これはヤバイ!」と直感し、

すぐまたデパートへ探しに向かった。


今度は何故か迷わず直進し、

地下の裏側の入り口付近で

父を発見できた。

「さっきは見かけなかったのに・・」

低血糖症状で、どこかをウロウロしていたのか

イスに座った場所が、家だと間違えたのか

靴を半分脱いで、ケーキの箱を横に置いて

グッタリ項垂れて腰かけていた。


ちょうどその場で、すれ違った若いカップルは、

父の状態をチラッと見て

「酔っ払いが寝てるみたい」

と、無視するように、笑って通り過ぎて行った。


これまでに見たことがない酷い低血糖症状だった。


あと少しでも発見が遅れたら、

どうなっただろう・・という状況だった。



そういったこともあり、

心筋梗塞から糖尿病となり、

認知症まで発症しながら

何度か命拾いをしてきた父だったが、

数年後の寿命(運命)には勝てなかった。


正直なところ、父の存在は、なにかと厄介だった。

父を助けることが

自分の役割のひとつだったのだろうと思う。

けれども、早朝の死の瞬間には立ち会えなかった。

それだけが残念だ。



父と自分とは、年齢差が40才近くあった。

父は東大卒業後、司法試験に合格するまで

浪人期間が2年もあったので、

結婚も遅く、中年期以降に子供をもうけた。


先に兄が二人生まれ、そのあと自分が生まれた。


父とは「時代的な世代間ギャップ」がかなりあった。

けれども、その分、

いろいろと人生勉強をさせてもらった。


父は「本を買う」のが大好きだった。

読むことも好きだったろうけれども

なにより「買っただけで満足するタイプ」だった。


父の蔵書をパラパラめくってみると

ほとんど手垢もついておらず、まっさらな「新品」ばかり。


生前、「買った本、読んでるの?」と聞いたことがあった。

すると父は、「ちょっと見ただけで、全部は読んでないよ」

と、照れくさそうに答えた。


父は青年時代、法律家より、小説家になりたかったらしい。

テレビ時代劇なども好きで、よく見ていた。


とりわけ「新選組血風録」の主演役者:栗塚旭さんが、

若い頃から特にお気に入りだったようで、

VHSのビデオテープも購入していた。



( ̄▽ ̄)そして、父と一緒に時代劇をよく見ていた自分も

新選組や栗ちゃまが大好きになりました。


そして、やっぱりどうしても最後には

土方歳三に辿り着いてしまうわけです。



★3月6日は「勝沼戦」ということで、

過去の動画とともに

また記事を書きますね。