【旧世紀時代人】
「部長。サインの横に必要な印が漏れています」
「アッと驚く為五郎~」
「何ですかそれ」
「昭和は遠くなりにけりか。課長、君は『ハナ肇』は知らんのか」
「いいえ」
「やっぱりな-。平成生まれの子はハナ肇を知らないんだー。パソコンなら「はなはじめ」で予測変換もできるのに」
「ですから何ですかそれ」
「クレージーキャッツのリーダーだよ」
「クレージーキャッツ?」
「クレージーキャッツも知らないのか。じゃあドリフターズならどうだ」
「ドリフは知っています。専門チャンネルで見てましたから」
「専門チャンネルか。じゃあ仮面ノリダーは?」
「知りません」
「新世紀ヱヴァンゲリオンは?」
「知ってます。でも、あれって旧世紀ですよね」
「たしかに。まあ、それは置いといて。そのドリフの初期メンバーの芸名を考えたのがハナ肇なんだよ。いかりや長助とか」
「へー、そうなんですか。部長ハンコお願いします」
「ああ、そうだった。ポチッとな、と」
「ありがとうございます」
「じゃあ、定時になりましたんで、私は帰りますね」
「はいはい、お疲れさん」
「さすが、先輩ゆとり世代」
「新人くん。人生にはまずゆとりが大切だよ」
「部長。僕は残業頑張りますよ」
「お、モーレツ社員がここにいた」
「でも、明後日は有給使わせてもらいます。連休と合わせて海外に行きますので」
「うらやましい限りだねぇ。♪サラリ~マンは~、気楽な稼業ときたも~んだ」
「新人くん、ジャスコって知ってる?」
「知りません」
終わり
【あの子が欲しい】
♪勝って嬉しい花いちもんめ。
♪負けて悔しい花いちもんめ。
何十年ぶりに聴いたフレーズでした。
田舎では今時の子供であっても、このような遊びをするのでしょうか。
♪あの子が欲しい。
♪あの子じゃわからん。
深夜の張り詰めた空気の中を伝わって来る歌声はとても神秘的に聞えます。
枕元に届く楽しそうな声は、遠くからのようでもあり、すぐ近くからのようでもありました。
それに合わせて時折スッタン、スッタンと、部屋の畳を擦る複数の足音も聞えます。
♪相談しよう、そうしよう。
『寝てるね』
『仲間に入ってもらうなら起こさなきゃ』
『起きてもらわなきゃね』
『誰が起こす?』
『きゃっ、きゃっ』
その時誰かが、私の布団を引っ張って剥がそうとしました。
「止めて」
何も考えず布団を引き戻しましたが、すぐに気が付きました。
子供たちが欲しいと言っていたのは、どうやら私だったようです。
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
子供たちが一斉に謝る声を聞いて、私は飛び起きました。
しかし、目の前にあったのは、障子越しの月がわずかに照らすだけの薄暗い和室。
そして床の間にうずたかく積み上げられたおもちゃだけでした。
「しまったー」
と、思わず口から漏らした言葉は、自分のためだったのでしょうか。それとも子供たちのためだったのでょうか。
終わり