壮麗な宮殿の一室。
豪奢な調度品の中でも一際目立つシャンデリアが特徴の、通称光の間。
ここに、皇国の最高権力者たちが集っている。
大将軍三名、軍師一名、宰相、副宰相二名、大司教と司教が二名、貴族代表三名、皇帝とその後継者たる少女の計十四名。
それぞれが、それぞれの思惑を持って集っている。こと今回は宣戦布告の問題なので、軍関連者の鼻息が荒いのは仕方ないのだが、いつもならこういった軍議には参加してこないのが常である名代三家が揃って出席しているのが異様といえば異様だった。この大貴族達は大体において、自分の損得勘定に正直に生きてきているので、今回のように一定数の兵力を提供すれば事足りるような事案には首を突っ込んでこないものだった。当の三名はかしましくも、いい機会だ徹底して麦の国をたたいてやれやら、風車の国をけしかけて弱らせてやれ、などとすき放題いっているが、他の面々はこの三名がどういった意図で軍議に参加してきたのかをいぶかしく、成り行きを見守っている。
夜半を過ぎる直前にすべての面々が揃い、やっと軍議が始まる。
議題は宣戦布告に関して、麦の国との国境線から、首都まで大群であれば一月の時間距離があるため、自然余裕を持っていることもあり、まずは麦の国の意図は何かというところから始まる。
麦の国の国王は幼少期に即位し、今では摂政を追放し実権を握りつつあるアンリ4世である。彼が白の国に対して戦争を起こして売るものとは何か?一つは領土。一つは広告を打ち破ったという権威。一つは多額の賠償金。といったところでみなの意見は落ち着いた。それでは、宣戦布告の理由として挙げられていた宗教観の問題はどうだろうか、この大陸ではおおむねトリニティ教団が幅を利かせている。ただし分派も多く、保守派、原典派、原理派、革新派と大きな勢力でも四つある。麦の国は典型的な保守派であり、白の国はもともとトリニティ教団の教えだけを重視していないとはいえ、最大派閥はトリニティ保守派と麦の国とは教義をたがえるところではない。ではどうしてというと、神の御名にて、白の国の異教徒を殲滅しむる。と白の国で立派に共存している別教義派や、他宗教とをわざわざ殲滅しに来るというのが、大儀であるということだ。
当然、白の国のトリニティ教団大司教が群議に参加しているのはそんな理由もある、曰く、そんな使命が神から下されるはずがない。また法王庁がそんな指示を出すはずもないし、そんな報告も一切来ていない。麦の国の独断なのは明白だということだった。
15年前の大陸全土を巻き込んだ保守派と原典派の大戦争後、なにかと派閥の違いを大儀にその実、領土戦争を仕掛けるきらいが各国に起きつつあるが、今回ほどに対面にほとんど気を使っていない無理やりな間が漂う宣戦布告は、過去に例がなかった。
それでは今回の麦の国の侵攻も、領土戦争かと言うと、白の国と、麦の国の間には広大な領地が広がってはいるが、その大半が険しい山々であり、耕作はおろか、冬季の寒さが厳しすぎるため牧羊にさえ向かない、ある意味無意味な土地ではあった。ただしそれは一般的な見解であり、群議に参加している大貴族の片方、顎鬚のやせっぽちには大切な封土であるらしい。しかし、かの貴族には貴重であろうと、白の国、麦の国双方にとって差ほど重要な土地とは思えないというのは、ほぼ出席者全員の共通の見解だった。だからこそ、余計に意図が読めないのであった。麦の国がアンリ四世の下中央集権化に成功し、かなり軍備を増強したとはいえ、所詮超大国である白の国との彼我の戦力差は十倍を数える。
ただし戦力差が絶対的にあり、宣戦布告の理由は不明でも、戦争を仕掛けられているという事実は変わらない。軍事畑の三名はさかんに主戦論を唱え続けている。一方宰相は国の財務状態が芳しくないため多額の費用を伴う軍事行動をできるだけ避けたいようで、専守防衛、外交力で戦力差を背景に出戦の意図をくじくべきだと主張している。国境近くの領主でもある貴族はすみやかな防衛舞台の派遣と、麦の国の軍隊の駆逐を主張し、大司教たちは法王庁の支持を取り付け、野蛮な麦の国に聖戦を挑むべきだと主張している。もう一人のぽっちゃりとして人のよさそうな笑顔をたたえ続けている大貴族は、ただニコニコと事の成り行きを見守り、王は厳しい表情で一同を検分している。オブザーバーとも言える少女は、厳しい顔をした不利を器用に続けたまま空想にふけっている。
軍議の場は主に二つの意見に別れ、主戦派、防戦派。前者は軍閥と司教。後者は文官と貴族といった様相だ。双方の意見は対立しているがどちらも軍の派遣には前向きだった。どちらにしろせめて来る敵には対処をせざるを得ないのだから。
防衛の最前線をどこに設定するかというのも、ほぼ即答となった。麦の国からの侵略ルートとなると街道と山越えルートをあわせて3つ、その三つのルートが交わるところに皇国はアドラーブルグと呼ばれる堅固な要塞を作っていた。ここで敵を待ち伏せ迎撃するならば5倍する敵にも立ち向かえようという威容を誇っている要塞だった。この時期、農民は農作業で忙しく無理な徴兵も少ないだろうとの見解から派遣する兵数は5千と決まり、とりあえずの司令官もほぼ決まった。ここからが難航し始めた。司令官は当然、軍から選ばれる。そうすると主戦派の最先鋒であるのだから、麦の国の攻撃を受けきった後は、返す刃で麦の国に一太刀二太刀浴びせてやろうというのである。これには宰相派が黙っておらず、とたん議論は紛糾し始める。もう少しすれば夜も明けようかという頃合に、ぽっちゃり貴族が小休止を提案したところで、衛兵が火急の報告があると皇帝、宰相に申し立ててきた。
あかずの宝物庫に賊が入り捕らえようとするが、滅法強く、包囲の輪は作っているが殺害も捕縛もできないと申し立ててきたのだ。
「して賊とは、どのような者なのだ?あそこはそもそも、何人も破れない結界と鍵を用意しているのだ、どこから進入したというのだ、衛兵もつけていたはずではないのか」
「現在調査中ながら、賊は扉の内側から出てきたとの報告でした、かの部屋には外部に接した窓などもなくいずこから侵入したものやら見当もつかない状態でございます」
「賊の様相は、やや褐色の肌で、黒髪、黒瞳、見たこともない剣を巧みに使いこなしております。」
ここまで聞いて、皇帝と、夢うつつだった少女はある共通の人物を思い出す。
思い出すが早いか、少女は駆け出した。皇帝の制止の声が遠くに聞こえているが、止まる気など一切なかった。
来た、ついにこのときが来た、やっと来てくれた、絶対そうに違いない。あの少年が帰ってきてくれた。幼い日の邂逅を胸にすごしてきた10年を、一気に爆発させるかのように、あかずの宝物庫に向かって走っていた。
この間、少女を見かけた女中や衛兵は等しく驚愕していた。寡黙で物静かな、感情を表にまったく出さない姫様が、全力疾走で泣きながら笑い、幸せそうな顔をしながら泣き、いくばくかの不安をたたえながら希望に満ちたまなざしをしていたのだから普段とのギャップに少女が彼らの姫様だと気づかないものさえ居た。
衛兵が遠巻きにしている自分物が見えて来ると、少女の胸には不安が大きくなってくる。本当に彼なのだろうか?だが青年が手にしている剣、たしかカタナといっていたような気がする。が彼であることを証明していると感じた。さらに近づくとちょっとぽっちゃりとしすぎているような気がしてきたが、10年だしそんなこともあると飲み込む。うん許容範囲内だ!瞳が見えると不安は一掃し、疑念は無くなり核心に変わる。あの澄んだ瞳、透明な気配はあの少年だ。衛兵が遠巻きに取り囲んでいるが少女の行動には、目も向けていなかったためこの囲みを少女は逆側から一気に突破した
「ハルさま!!」
黒髪の青年の横合いから一気に首元に抱きついた。
不意を打たれた格好になった青年は尻餅をついてしまう。いきなりの奇襲に完全に居を疲れたようで呆然としている。また剣に囲まれた状況から一転、幼く見えるとはいえ絶世の美少女に抱きつかれている状況だ混乱するやら嬉しいやらで目を白黒とさせていた。
「会いたかった、本当にずいぶんお待ちしました。やっとお会いできた」
と少女は呪文のように泣きながら嬉し涙を流し続ける、しばらくして青年の瞳も理解の色が浮かび
「もしかして、レイちゃん?」
青年は恐る恐るといった感じでつぶやく
「はい、トレイシアです。ちゃんと覚えてくださっていたんですね!」
自分のことをレイちゃんという、なぞの呼び名で呼ぶのは彼以外にありえなかった。
「姫様から・・・」離れろと言葉をつなごうとした大将軍を、止めたのはほかでもない皇帝だった。
「おまえでは、彼の髪の毛すら切ることはできまいよ、それに大丈夫だ彼は私の古い友人であり、トレイシアの許婚だからな」と笑いながら言った。
抱き合う二人を優しそうな目で見守る皇帝の背後で不気味に光る目が合ったが、この場の誰も気が付いているものはいなかった。