連絡先 ≪本門仏立講 蓮行寺≫
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芥子(けし)の実を探し求めた母親
芥子(けし)の実を探し求めた母親
昔々、仏さまがいらした頃、幼いこどもを亡くした母親がいました。
母親は、幼い子供が亡くなったことを どうしてもあきらめられず、
仏さまにお願(ねが)いをしに行きました。
そしてこう言いました。
「仏さま、わたしの大切な大切な子供が死んでしまいました。わたしは生きて
いく気持ちがなくなりました・・・。どうか一生でたった一つのお願いです。
子供を生き返らせてはいただけないでしょうか!!」
母親は一生懸命(いっしょうけんめい)に仏さまにうったえました。
仏さまは言いました。
「そこまで言うのなら、1つの約束をしなさい。よその家から芥子(ケシ)の
実をひと粒(つぶ)もらって来るのです。ただし、今までに誰も死んだことが
ない家の芥子の実だけですよ。」
それを聞いて母親は、よろこんであちらこちらの家々をたずね歩いては、
「芥子の実をひと粒わけて下さい」と言いました。
ところが、どこの家にも芥子の実はあるのですが、誰も死んだ事のない家はありませんでした。
たくさんの家をたずねまわって、ホトホト疲(つか)れはてた母親は、仏さま
のもとに戻(もど)って来てこう言いました。
「仏さま、芥子の実はありました。けれど、誰も死んだ事のない家は1つもあ
りませんでした・・・。」
その言葉(ことば)を聞いて、仏さまは母親に言いました。
「・・・そうであろう。誰も死んだことのない家なんて、どこにもない。人は
みな、生まれてきたらいつかは死ぬのだよ。それは定まっていることなのだ。」
このように母親をさとされたのでした。
人はいつか必ず死んでいきます。
だからこそ人として生まれて死んでいくまでに、なにをしていく事が大切なの
か・・・今何をすべきなのか・・・。
そこから、生きていく上で本当に大切なことが見えてくるように思います。
貧乏神のうたに
御 教 歌
酒がすき 夜あそびすきで あさねすき
ゐこころよさに ここにやどとる
無類の酒好き、夜遊び好き、朝寝好きのところに、居心地良さに宿ってくるのが、俗に言う「貧乏神」であるぞ・・とこのように仰せいただいた御教歌です。
本日の御教歌のお題(タイトル)に
「貧乏神のうたに曰(いわく)」
とありますので、今日は、貧乏神の心境に触れていきます。
ある人が、貧乏神に訊(たず)ねました。
「貧乏神さんは、お友達いないのですか?」
「いるよ!」
「誰ですか?」
「病神と死神だ!」
「いつも一緒なんですか?」
「いつも隣り合わせに暮らしているのじゃ・・」
「どこで暮らしているのですか?」
「まずは金貯める者は大好きじゃ!それと酒好き、女好き、遊び好き、なまけもの、喧嘩好き、博打(ばくち)好き、嘘・はったり好き・・・これらの者は皆大好きじゃ!」
「・・・」
この貧乏神は、楽をむさぼり、欲をむさぼり快楽にふける、その生活の中へ住みついて一緒に暮らしていく・・というのです。
同じ住むのであれば、貧乏神ではなく守護神(しゅごしん)と住み、御守りをいただきながら生活していきたいものです。
そのためにも、安(あん)に楽をむさぼろうとせず、難儀・苦労が出来る・・しかも人のことで難儀・苦労出来る、そのような自分自身になっていけたら、きっと貧乏神は言うでしょう。
「そんな奴の顔なんか見たくない!」と・・・
そんな人になっていきたいものです。
人間の尊敬すべき物は三つ
御 教 歌
人間の 尊敬すべき 物は三つ
主と師匠と親と也けり
人間の尊敬するべきものが三つある。
それは、主人と師匠と親である。
このように仰せの御教歌です。
私たちは、人として生まれ生活していく上において大事なことがあります。
それは人を敬うということです。
その「敬いのこころ」を身につけていくのに、根本となるのが主人・師匠・親を敬い、そして仕えていくことです。
その敬っていく主人・師匠・親が、しっかりとした道を身に付け、徳を身に付けた人であることが前提となります。
そのように徳をしっかりと身に付けた主人を敬い、それぞれの道を志す師匠を敬い、自分の親を敬い、そして仕えていけば、主人・師匠・親のそれぞれ身に付けた徳をいただくことになるのです。
その徳をいただいていくことによって、人として大事な心である「敬いのこころ」を身に付けていくことになるのです。
今の世の中で一番欠けているもの・・・
それが人を人として「敬うこころ」です。
根本に「敬うこころ」がない為に、平気で人を傷つけ陥(おとしい)れようとする生き方が多くなってきています。
人らしい心・・という表現をしますが、まさしく「敬いのこころ」を身に付けていってこそいえる言葉なのです。
もう一度、自分の心を振り返り、人を人として敬っての生活をしているのかどうかを真剣に考えていくことが大事なことだと思います。
そして、真からの「敬いのこころ」を身に付けていくためにも、主人・師匠・親を心より敬っていき、そして仕えていくことを学びたいものです。
そのことを仰せいただいた御教歌です。




