囁き | ひより軒・恋愛茶漬け

囁き

  ダイサギ




幼い思い出の

冬の日。


まっすぐ海に向かって

橋を二つ越えると

北から鳥が渡ってくる

大きな池があった。


その池をかこむ葦の茂み。


石の上に

板を渡しただけの

秘密の場所で

私たちはよく遊んだ。


細い指で

あなたが遠く水辺を指差す。


あれはダイサギで

あれはマガモで


双眼鏡を覗いて

私が知りたかったのは

美しくはばたく鳥の姿よりも

あなたの視線をつかむ世界だった。


あなたの

大人の人の視線。


他の女の子じゃなくて

私が選ばれたことが

本当に嬉しくて

思い切りはしゃいだ。


やさしく

たしなめられるまで。


鳥たちが

おどろくよ。


あなたがそっと囁くと

なぜか

産毛が逆立って


風が起こす

葦の葉のざわめきが

波紋のように

あたりに広がっていく。


二人の息づかいしか聞こえない

静かな世界の中で

あなたはいつも

言葉を求めた。


私の体が

幼すぎたからかもしれない。


その幼ささえ欲しがる

大人がいることを

私はまだ知らず、


あなたが教える言葉の全てを

素直に

ただ

繰り返した。


言ってごらん、と

言われるまま。


鳥たちを

驚かさないように

あなたの耳元で

何度も。


恥ずかしさに

ひるまないように

少しも

その意味を知らないふりをして。





今日は友人が貸してくれたビデオで

映画「めぐりあう時間たち」を見ました。

ニコール・キッドマン。

メリル・ストリープ。

ジュリアン・ムーア。

ヴァージニア・ウルフの

「ダロウェイ夫人」をモチーフにして

幸せではない三人の女性たちを描いた作品です。

私はジュリアン・ムーアが演じる家庭に縛られる女性に

一番共感してしまいました。

いけないことかもしれないけれど。