夜明け前が一番暗いといいます。
科学的根拠は不明だそうですが、明日試験を控えている私にとって、この言葉は納得できるものです。
昨年の今頃、「来年の今日は私も試験受けてるんだな」と考えてました。
定期テストでは90点目指して、難関校に余裕で行けるレベルになりたい。
毎日コツコツ勉強して、必ず良い結果を残そうと、そう思ってたあの日々が懐かしく、そしてあの日々に戻りたいと強く思います。
私の脂肪高・・ではなく、死亡高・・でもなく、子房高・・でもなく、志望校は、良いことに難関校ではなく、明日65点×5 取れば余裕らしいのです。
でもまず思うのは、本当に行きたいんだろうかって。
もうそれは今から何かして解決する問題ではないのですが、どうしても考えてしまうのです。
まだ将来の自分のビジョンなんてモヤモヤ霧がかかってて、よく見えてません。
そして、先程の目標とは遠い地点に今います。
今まで本当に勉強して来なかったんです。
ついつい寝っころがってテレビ見て、何にもしない間に一日一日が過ぎていきました。
失敗した時「 次頑張ろう!」って言って、その次が来た時には結局何にもしていない自分に何度も腹が立ちました。
誰が何と言おうと、頑張って来ませんでした。
けれど、ふと勉強机の本立てを見て思います。
8冊くらいの、丸の数が本当に少ない参考書。
でも間違った問題の横には、自分で書いた青い字の細かい解説。
難しい問題に取り組んでわかった時の喜び。
その一瞬一瞬の、辛いとき、好い加減なとき、嬉しかったとき…様々な思いが蘇るんです。
例え、そこに書かれていることを全く習得していなくとも、そこには確かにやった証拠があるんです。
だから明日、少しでも今までの時間が役立つように頑張ろうって思える。
周りから「○○さんなら受かるよ!」とか、「今まで頑張ってきたんだから自分を信じて」とか言われるその言葉に何の意味もないと、この身になってわかります。
それは自分しか知らないから。
凄く凄くありがたいけれど、自分で言った言葉にしか本当に自分を励ます言葉はない。
でもさっき、とても応援してくれている祖母と電話をしたのですが、「健康ならそれでいい」って言われて凄く嬉しかったです。
もし受かっても落ちても、健康で今いられることに幸せを感じられないなら、生きてる意味ないってつくづく思いました。
健康であることを、教育を受けられることを、試験を受けられることを誇りに思い、明日という日を迎えたいとおもいます。



