もし東日本の方が見て下さってたら、早い復興を心からお祈り申し上げます。
そして亡くなられた方々の御冥福を祈ります。
あの悲劇から2年。
早いんだか、遅いんだか…。
何だかもの凄く昔のことに感じてしまいます。
でも、今の状況をテレビで見ていると、まだ震災は続いているんだと感じます。
写真は、学校で配られた冊子の一部です。
上が2011年4月10日のもの。
下が2012年9月3日の同じ場所のものです。
元々がどのような場所だったか分かりませんが、だいぶ元通りになってきたんだなと思います。
あれだけあった瓦礫や船なんかがすっかり無くなって、雑草が茂っています。
ただ時間が経てば無くなる話ではありません。
沢山の人々が協力して、ここまで来れたんでしょうね。
でもわたしは不自由なく、ただテレビで津波に流される人々を見送っていたのだと思うと、何にも出来なかった自分に腹が立ってきます。
わたしはあの時、小学校の体育館で卒業式の練習をしていました。
揺れた時間がとてつもなく長く感じたのを今でも覚えています。
体育館の天井の電気が点いたり消えたりして怖かったです。
家に帰って、電話が通じないものですから、祖母が心配になって車で祖母の家まで行きました。
幸い家族も友達も無事でした。
何日かして家に戻ってコンビニに行くと、何にも無いのには驚きました。
特にパンは一つも無かったです。
でもパン屋さんは独自に作っていたので少しだけあり、食パンを買って家で食べました。
あの時感じた味は忘れられません。
食べれることの幸せを悉く感じました。今までが贅沢すぎたんだと痛感させられましたね。
もっと生きれることに幸せを感じ、感謝しなければなりません。
そして、震災で亡くなった罪なき人々(行方不明者)、1万8617人分の人生を、わたし達が意味のあるように生きていかなければなりません。
例え何にも行動することが出来なかったとしても、一生懸命生きることが何かの支えになるのだと信じています。
自然は時に美しく、時に恐ろしい変貌を遂げます。
わたしは震災のとき、神様はいないなと思いました。
全く罪のない人々を急に死に追いやったり、貧富の差が激しすぎたり、殺人犯が捕まらなかったり…。
居るのだとすれば極悪人なのでしょうか?
わたし達は神様と戦いながら生きるのでしょうか?
わたし達は自然と戦いながら、自分と戦い、周りの人々と支え合い、生きていきます。
良いことだらけの人生は、人生ではありません。
テストで失敗したとか、失恋したとか、仕事がうまくいかないとか…。
最近病んでる人多いけど、そんなことで長く躓いてちゃいけないんだと思います。
それ以上の何かに乗り越え、互いに助け合い、今この瞬間自分の身体に生命が宿っていることの大切さを感じ、今が最高に幸せなのだとわかる人間になりたいです。
少しでも意味のある人生であるように、一生懸命生きたい。
そして、沢山苦労している人々をわたしはいつも応援しています。

