20代独身、OL

私はよく偽善者と呼ばれる。


席を譲るとか、人の為に行動する行為に「わざとらしさ」が漂うからなのかもしれない。



人の為に善と書いて偽善。


人は自分の都合でしか善が行えないはずなのに、偽善といわれるのはいささか心外だと思うときもある。でも、偽善でも善は善だと信じたい。どうせなら偽善を極めたいとも思っている。


ただ問題なのは、偽善ぶりが鼻につくような私の行為だ。善意に自信がないからだろうか?



いかにも人の為という雰囲気を醸し出し、また、ぶりっ子しているかのごとくわざとらしい私の行為に私自身があきれることもある。実際、周りの目を意識しているところがあり、内心、良く思われたい、感謝してもらいたいという思いがあることを告白しなければならない。


でも、人はみんな同じように偽善者なんじゃないの?


私は、負けず嫌いだから他の人よりは偽善者だと思っている。

同時に、自意識過剰さでも他の人には負けていないと自負している。最近では、自意識過剰を通り越して、自意識中毒くらいになっているのではないか?


実際は、誰も私のことなんか見てもいないし、気にしてなんかいないはずなのに、見られているとか、あぁなったらどうしようなど妄想し、被害者意識を勝手に持つことが多い。



自意識過剰で被害者意識を持つからこそ偽善者なのだろうか?いや、その逆とも考えられる。


にわとりが先か、卵が先か・・・。


自意識過剰が先か、偽善者が先か・・・。



まぁ、

どうでもいいことを今日も考えている。



<起の巻>終わり