誰かが楽になると誰かが犠牲になる?
恐らく夫は疲れている。夫の休みが終わる日から様子がおかしかった。夫の休みの最終日・お願いしていないのに夕飯を作ろうとする。・いつもなら断るのに次女をみててというと見てやろうとする。今まで、夕飯を作ろうとしたり、自分から片付けようとか、掃除をしたり、次女のお世話をあまりしないようにしてきたのは、夫のそれなりの『自分を保つ方法』だったのだろうか?私「お父さん疲れてるでしょ。」夫「いや?」私「お父さん怒ってるよ。」夫「怒ってないよ!」いえ、夫は無理していると思う。私が楽になっているということは、夫が背負っていることが多い。一昨日の夜は、寝る時間になって、夫が3階の寝室に行ってから、バタバタ2階に下りてきた。夫「長女の布団、明日干しておいて。」私「え?お父さん外に干すとPM2.5とか黄砂とか花粉症とかが気になるとかで、外に干すなって言ってたじゃない?」夫「あーいいんだ。干しておいて。」よく分からない。私が理由を聞いてやらなくちゃ?まどろっこしいな・・・。私「なんで?」夫「長女の布団がびっしょりなの!」長女は、新陳代謝のいい小学生。最近、温かかったから、暑くて、汗をいっぱいかいて寝ていたらしい。次女が生まれる前だったら、私と一緒に寝ていて、長女のその違和感にすぐ気づいてやれたのだが、夫は、夫・・・なので、今日の今日まで気づかなかったのだろう。夫「布団乾燥機とかじゃ間に合わないから、明日ベランダに干しといて。」私「あー、はい。」夫「それから、下に敷いてる井草もはいで、井草も床も拭いて、掃除して・・・」え・・・。私「あー、はい。」そこまでなるまで、何故気づかないの?と思ったけれど、まあ、気づけただけでも・・・。布団干しは、大変だけど、次女をおんぶしてやるかー。と、腹をくくった。翌日、長女の布団を干した。午後天気が悪くなるというので、取り込んだけれど、強風がふいていたため、布団は砂だらけ。意味があったのだろうか・・・。まあ、いいか。取り込んだ布団の砂を掃除機ですった。(これは普段布団を外に干したら、毎回やっていることだけれども)その日の夜。次女をお風呂に入れて、寝ようとしている時間に夫帰宅。夫「次女が寝る前に会えた!」と喜んでいた。だけど、次女を座敷に連れて行き、添い乳して寝かしつけていると、リビングで寝る時間になるまでくつろいでいた長女に向かって怒鳴る声・・・。夫「×○△◆!!!」またか・・・。せっかく眠ろうとしている次女が起きてしまうじゃない!くらくらする。耳栓をする私・・・。でも、耳栓をはずして、耳をそばたてた。「階段の洋服仕舞え!」「あれはどこそこに持っていけ!」「これはどこそこに持って行け!」「これも全部さげて机拭いて!」「食器を洗え!」「片付けろ!」「これはここに置くなと言っただろ!」そして長女に片付けさせておいて、「いつまで起きてるんだ!」結構、むちゃくちゃなことを言ってる。恐らく、夫は、夫なりに頑張りすぎて、自分の仕事の休みの日にリセットできず、疲れてすぎて、爆発したのだと思う。昔の実母を思い出す。実母もそうだった。でも、もしかして私も、そして夫も?自分で頑張る限度というものを知らない?今までなら、夫が疲れてキレさせてしまうくらいなら、私がやっぱり頑張らなければ!そう思っていた。でも、これでは、らちがあかない。何か他の方法がないか、みつけていかないと・・・。私も、夫も、リセットできる日、というものを持って、子供に理不尽に当たったりしないで済むような何かをみつけないと。宜しかったら、応援クリックお願いします♪