これはわたしの体験と本の記述に基づき話しているので確かだと思われるが、 エスキモーやアフリカやエジプトの人々の描く絵は生きるために必要なものだった。 例えば、北極のエスキモーの人達が描く雪の絵は我々にしてみれば、なんともない吹雪の絵なのかもしれない。
しかし、それは彼等にしてみれば、春の到来や、吹雪の兆し、家に帰る目印であるかも知れない。 だから、もし忘れたりしたら、死ぬという危険がついてまわる。 結果、自然と視覚から身体にしみ込みおのずとその状況を見た瞬間に色々なものが読み取れてしまう。
一種の瞬間記憶ですよね。
毎日1日とて同じ日なんかやってこない人生なのに、 そこでなにを見てどのように感じ採って判断しているのかは、他の人種にはわからない、、その人自身しかわからないのかも?
僕は 自分の立ち位置がよく分からなくなると、よく一人旅をするんです。 ヒッチハイクや寝袋生活をすると、普段では見えてこない世界や人々と出逢うんですよ。 そんな日常を離れた世界で見た景色はいつもとはちょっと違って見えて、 僕のこころの中にいつまでも焼きついている。 ここでいう『日常を離れた世界』は単なる海外とか距離の話じゃなくて、『自己の魂の在り方』 いまどこから俺はモノを眺めているんだろう?という世界。 人間内の食物連鎖の一番最下層に位置してる自分に気付くともっとがんばんなきゃいけないと再確認することができます。 そうやって山を登っては、転がり落ちて、登っては、転がっています。一体いつになったらテッペンに着くことやら、、、
身近にトリップしてみませんか?新たな自分に気づくかもしれませんよ。
