今回でこの話はおしまいであり,やっと cool な matrix が登場する.
さて,ある三次元のベクトル [x1 x2 x3]' =
x1
[x2]
x3
を考える.(ここで ' は転置を示す.) この各項の差分を考えると,[(x1 - 0) (x2 - x1) (x3 - x1)]' である.これのような右辺を作る Matrix A を考える.なんでこんなものを考えるのかはちょっと後の楽しみにしておこう.それは,
[ 1 0 0
-1 1 0
0 -1 1]
である.検算してみよう.(数式が乱れるので,毎回改行している.)
[ 1 0 0
-1 1 0
0 -1 1]
[x1
x2 =
x3]
[x1 - 0
x2 - x1
x3 - x2 ]
たとえば,[x1 x2 x3]' = [1 4 9]' を考えると,
[ 1 0 0
-1 1 0
0 -1 1]
[1
4 =
9]
[1
3
5 ]
であって差分を示している.ところで,この Matrix A には逆行列があり,それ
は,B
[1 0 0
1 1 0
1 1 1]
である. A B を計算してみると,
[ 1 0 0
-1 1 0
0 -1 1]
[1 0 0
1 1 0 =
1 1 1]
[ 1 0 0
(-1+1) 1 0 =
(-1+1) (-1+1) 1]
[1 0 0
0 1 0
0 0 1]
となる.したがって,A^{-1} = B である.もうちょっと我慢してつきあって欲しい.B は何をしているのかというのを見てみよう.
Bx =
[ 1 0 0
1 1 0
1 1 1]
[x1
x2 =
x3]
[x1
x1 + x2
x1 + x2 + x3]
つまり B は全部足している.さて,A は差分であって,B は和であった.ここで私は驚いた.差分というのはどちらかというと線形代数よりも微積分に属する考えである.微積分では,差分は,d/dx である.和は \int である.この行列は,
A ... d/dx
B ... \int
である.ところで,A^{-1} = B であるので,
A^{-1} = {d/dx}^{-1} = B = \int
===> {d/dx}^{-1} = \int
つまり,A を演算として考えると,微分であり,その inverse は B,つまり積分である.どうだ,驚いたでしょう.行列の inverse が微積分の基本定理と数学のアナロジとして成立しているのだ.私はこれは cool な Matrix だなあと思うが,まあ,別に私が思うだけで,きっとそう思わない人は沢山いるだろうなあ.
この話は最近私の中でホットな Gilbert Strang の Introduction to LINEAR ALGEBRA という本に出てくる例題である.こういう話が逆行列の話の中で出てくる.普通の本では逆行列が Calculus とのアナロジになる,などというような話はなかなかないことと思う.私は Gilbert Strang の本が好きである.
ところで.私と同じ位怠け者の人のために,これを計算する octave code を以下に示しておく.
--- BEGIN diff_and_int.m ---
a = [1 0 0; -1 1 0 ; 0 -1 1]
inv(a)
--- END diff_and_int.m ---
このコードを 'octave diff_and_int.m' のようにして実行すると,マトリックス B が出力されるのがおわかりだと思う.