手塚治虫の Black Jack 「縮む」 | Chandler@Berlin

Chandler@Berlin

ベルリン在住

私は好きな作家が幾人かいる.最初に好きになった作家はおそらく手塚治虫であったと思う.そして今でも好きである.やがて私の好きな作家リストには星新一,アガサ・クリスティ,ヘルマン・ヘッセ,と続いていく.手塚の作品は,多くの手塚のファンと同じく,アトムが最初であった.しかし現在でも一番好きなのはBlack Jack である.ここでは私は私の記憶の中の話を上手く要約できるか試してみたい.

これはおそらく 13 才から 15 才の頃に読んだ漫画の一つの episode である.その後何度か読んでいるはずである.たしか「ちぢむ」というタイトルであった.もしかしたら「縮む」だったかもしれない.

Black Jack は天才的な外科医であるが,医師免許を持っていない違法の医者である.彼の腕は天才的だが,その値段も法外である.

彼は恩師の戸隠医師に呼ばれてアフリカに行く.車の中から見る風景は旱魃と飢饉で死んでいる動物たちの群れ,そして設備もない病院で飢えのために死んでいく人々であった.

戸隠医師は Black Jack に剥製を見せる.

戸隠「B.J. これを何の剥製だと思うかね?」

B.J.「山猫の剥製でしょう.」

戸隠「これはどうかね?」

B.J.「このあたりで作られる干し首ですか? ここまで小さくなるとは驚きだ.」

戸隠「B.J. これは干し首でも山猫の剥製でもない.これは成年男子の首,そしてこれは成熟したライオンだ.」

B.J.「なんですって?」

戸隠「私もこれは成長の異常だと思った.しかし,そうではない.これはこの地域にはびこる新種の病気なのだ.」

戸隠医師は B.J. に病気の解明の手伝いを依頼するが,B.J. は「私の外科医です.研究者ではない.三千万円出せば手伝いはするかもしれないが」と断わる.しかし,戸隠医師は言う.

戸隠「B.J.この病気は空気感染するのだ.わしも既に感染している.潜伏期間は一ヶ月.もし,君が感染していればその時はもう遅い.私はこの病気は君なら治せると思って君を呼んだのだ.」

(今考えると,戸隠医師もちょっとひどいなあ.)

戸隠医師と B.J.が調べても病気は単に細胞全体が縮んでいくもので,それ以外にはまったく異常がない.X 線をとっても細胞を見ても病原菌らしきものがみつからない.しかし感染することは確かなのだ.そして体だけが縮んでいき,1/3 ほどの大きさになった時,その個体は死亡する.戸隠医師もこの一週間で数センチ身長を失なっている.B.J. は死亡した個体を人間から動物から調べてまわる.しかし,何もみつからない.現地の医者の助手が逃げ出していく.B.J. は原因はわからないまま,甲状腺に成長ホルモンを埋め込む手術を決行する.しかし,手術は効果がなかった.戸隠医師はついに半分ほどの大きさになり,意識が混濁するようになる.ふと意識が戻った時に,戸隠医師が言う.

戸隠「B.J.この病気が飢饉のひどい場所,旱魃のひどい場所で起こることに気がついたか?何か関係があるのかもしれない.」

B.J.「何もでてきません.全てが正常だ.ただ,体が縮んでいくのです.何故,飢饉のひどい場所でそうなるのか.空気も水も土だって異常がない.」

戸隠「もしかしたら,これは神からの警告かもしれない.」

B.J.「なんですって? 先生,気をしっかり持って下さい.これは病気です.」

戸隠「神からの警告というのが嫌ならば,自然の仕組みと言ってもいいかもしれない.食料が少ないと,ねずみなどの小動物は小さな個体しか生まなくなる.そうすると生まれても育たないか生きのびない.そうやってバランスをとっているのだ.飢饉がひどくなったら,水や食料を分配するには,体を小さくするしかないという警告なのではないかと,ふと思ったのだよ.」

そう言って再び昏睡に陥いる戸隠医師.

B.J.「これを自然の法則で片付けることは俺にはできない.何かあるはずだ.ヒントをくれ.ヒントを.ヒントをくれたやつには三千万円どころか一億円やってもいい」

再び調査にでかける B.J. ある村では村人全員が小人になって死んでいた.

B.J.「人間の村は全滅する.しかし,なぜだ.動物達はまだ生き延びている.なぜ,動物達は全滅しないのだ.これが空気感染するのであれば,もっと大規模に群れが全滅しても良いはずだ.」

そして B.J. は異様な光景を見る.

B.J.「しまうまが縮小した死体を食べている.しまうまは肉食ではない...もしかしたら,死亡した仲間に抗体があることを本能的に知っているのでは?...そうか,血清療法だ!」

しまうまの死体から血清を作る B.J.

B.J.「できました! 戸隠先生!」

戸隠「B.J. 私はもうだめだ.私が死んだら,私から血清を作り,村人を治してやってくれ.」

B.J.「戸隠先生,これであなたも治るかもしれません.私はここで敗北したくない.私にチャンスを下さい!」

しかしここで息をひきとる戸隠医師.B.J. は戸隠医師の縮んで子供のようになった死体を抱いてアフリカの夜空の下に立つ.

B.J.「神さまとやら.あんたは残酷だぞ.」

そう空を見上げながら歩いていく B.J.

B.J.「医者は人の病気を治し,
その結果人類は爆発的に増えた.」

B.J.は一人言のようにつぶやく.

B.J.「それが環境破壊と飢饉を生む.」

B.J.「ならば,医者はなんのためにあるのだ!」



私は科学にかかわる仕事をしている.時折この話を思い出す.今回,どんな仕事をしているか得意になって家族に話をした時,妹が言った.「CG でこれができるのなら,これでは何を信じていいのかわからない」

我々の技術で偽の証拠をでっちあげることもできる.偽の戦争の映像を作ってさらに戦火を拡大しようとすることもできる.私はある時期,大量破壊兵器のCG が放送されるのではと危惧したことがある.

この作品が発表されたのは 1970 年代.しかもこれは毎週描かれたおそらく200 以上の episode の一つにすぎない.このような日本の作品が子供向けということで紹介されることが少ないことは残念である.

もしBlackJackを読んだことがなく、この話で興味をもてたら、ぜひご覧ください。新刊はないかもしれませんが、古本屋に行けば入手できることでしょう。でもこれで興味がなくなったら、それは私のまとめが悪かったことと思いますので、原書に当たってもらえればと思います。