小林麻央さんがお亡くなりになり、訃報を聞いた2017年6月23日 金曜日、突然なのですが、なんの前触れもなく、私が寝込んでしまいそこから病院に通い待合室で待たされること毎日。
今回の麻央さんの死去は私にはとてもとても残念で寂しくて、友達でも知り合いでもなんでもないのに、ブログを読ませてもらっていたせいか、とてもとてもブログに励まされ勇気と笑顔をもらっていた一人であり、今回の訃報は私も驚くほど、心が凹み、沈み、いまでも静かに毎日を過ごしております。
みんなが感じているように、まおちゃんには生きててほしかった。
なぜだろう。
痛感しました。人は優しさに勝るものはないと・・・
そんな病の中、あまりにも病院の待合室での待ち時間が長く、今回その合間にブログを復活しようと思い書くことに。
私は、
長女が生まれ、次女が生まれて15年。子育てが自分の生き甲斐。そして世に出してもはずかしくない子供を育てあげなければという強い思い。子供を育てることがはじめての頃の私は、無我夢中でした。
肩に力がはいりっぱなし💦
長女には、幼稚園からお受験をさせて、一心不乱にお受験のお勉強をし、段ボール5箱に及ぶペーパーをやって、幼稚園→小学→中学受験も毎日の塾の送り向かいを雨の日も風の日もやり、私立の中学に合格。
次女には、ピアノのレッスンを毎日三時間は付き合い一緒に練習。
娘が幼稚園や学校に行っている間に私は、ピアノの復習をして娘が練習しやすいように楽譜にマークをつけてあげ帰ってきたら、ピアノの練習と私は、塾のお弁当作り。
次女は、コンクール等で金賞をとったりと受賞を毎年し私も本人もピアノ漬けの毎日。
そうやって、私の一日は子供とともに切磋琢磨して過ごしてまいりました
がっ、しかし次女が小学二年になった頃から、私自身の人生を振り替えるようになり、自分には何もないように思えてきてしまい、子供命で過ごしてきた自分がもし、この先、子供が大きくなって、私が必要になくなって、→がママから友達に向いたとき、自分には何もない!ように思えたのです。
毎日、毎日、子供に頑張れ 頑張れと、いい続け、自分は何を頑張っているのだろうか?
こどもはいつか育つ。それは親離れでもあるので、成長としてはうれしいこと。でも、それを寂しいと感じてしまうのではないか?
こわい。こわい。
そんな風には思いたくない。自分の世界を今のうちにしっかりと作っていかなければ‼
娘が二年生になったのと同時にスポーツ好きなこともありスポーツクラブにお勤めにいくことに。
そこから、すこーし、すこーしづつ、外で働くことを覚えはじめ、人前に立つ仕事なので、お客様との触れ合いを通じて、自分自身が磨かれていきました。
ヨガに出逢ったのは35歳。そこでの出会いが私を今に導いてくれました。
出逢いとは、ヨガの指導者 岡幸代先生です。
岡先生との出逢いは私の運命を変えてくれました。
けど、その時には自分がヨガのインストラクターになるとはまったく思っていませんでした。
❨まぁ当然ですけど❩
岡先生のヨガが好きで通っていた生徒の一人。
岡先生がレッスンでやるストレッチ&ヨガを勤め先のクラブでお客様と一緒にやるととても皆さん身体に刺激が入るようで喜んでもらい、いつの日か、お客様から「ヨガのインストラクターになったら」と言ってくださる方がチラホラ。
なんだか、うれしい‼
自分が何かをすることによってお客様が喜んでもらえる。
生きている充実感がある。
だんだん、自分もヨガのインストラクターになりたい‼
自分に気持ちが変化していき、
表参道のスタジオbeaur でTTC ヨガのインストラクターのためのお勉強をして、
全米ヨガアライアンス200時間を一年かけて修得。
20代~50代の方にまじりお勉強、私が子供にお尻を叩いてやらせていたように、私も子供に言いっぱなしの親ではいけないと思い、自分がどこまでできるのかを挑戦したくて、挫折を何度か経験し、ド緊張を経験し、なんとかやりとげることができました。
TTCの免許をもらったらそこではおしまいではまく、ここから私のヨガのレッスンをする場所を提供してくれる場(スポーツクラブ。ヨガスタジオ等)を探さなくていけない新たな試練と今は立ち向かっている最中であるです。
続く


