マンダレーからバガンに戻るバスは、暮れ行く山道をゆっくりと進む。
日が沈んだとたんに周囲の空気は涼しさを増し、
西の空に浮かぶ真っ赤な雲が深い紫の中に映える。
マンダレーから8時間かけてバガンへと戻り、
無事2人を送り届け、マンダレー小旅行が終わった。
長距離移動した後はいつも妙な倦怠感と疲労感が残り、
自転車移動するよりも心身に負担がかかる気がする。
その日はベッドに横になるとそのまま眠りについた。

翌朝は騒々しい祭りの様な音で無理やり起こされる。
早朝から何事かと思って慌てて表へ飛び出すと、
着飾り変装した人々や、音楽に合わせて踊り歩く人が
通りに溢れ、ニャンウーの町をパレードしている。
何事かは分からないが一気に目が覚め、
カメラを片手にそのパレードに紛れて歩いた。
出家する坊さんを祝う行事のようで、
坊さんを家からお寺に入れる前に行わなくてはならず、
これをするには相当なお金が必要なのだと言う。
滅多に見れるものではないらしく、大変ラッキーな朝だ。



そして幸運な事と言えば更に幸運な事に、
約1年前にエジプトのダハブで一緒だった仲間の一人、
菜々chanがバガンまで尋ねて来てくれたのだ。
就職活動中の合間の休みを利用してのミャンマー旅行は、
かなりタイトでマニアックなものだが、久々の再会に高揚する。
僕が朝食をとっている所に現れた彼女と再会を果たし、
現実味の薄い感覚に思わず動揺してしまいそうだった。
思えば一年前に中東を旅している時、一ヶ月共に行動し、
ダイビングのライセンスも同じグループで取得した。
毎晩みんなでワイワイと楽しい宴を繰り広げていが、
いずれはそんな日も終わってそれぞれの旅に戻る。
あれから帰国する者もいれば、
世界を未だに旅している者もいる。
そんなスペシャルな時間を共有していた仲間との再会は、
時間の概念を通り越えて、あの時の感情を取り戻させた。
ティティとサンサンにも「ナナが遊びに来るから紹介するよ。」
と言ってあったので早速自転車を借りてバガンを走る。
「暑さは災いの元凶。」とされるミャンマーにおいて、
日中の照りつける太陽は刺さるように肌を刺激し、
そんな暑さの中で基本的に観光客以外は、
何をするわけでもなく日陰で休憩している。
ティティとサンサンも日のあたる場所を嫌がり、
日中はほとんど部屋の中で過ごす。
僕らが「いつもの場所」に着くと、彼らは
相変わらず素朴な表情で出迎えてくれる。
まだ人気の無い「秘密の場所」に移動し、しばらく景色を楽しんでいると、
僕らはあっという間に、以前から知り合いだったかの様に溶け込んでいた。
旅をしていると、どうしても男仲間の中で生活する事が多くなるものだが、
美しい景色と女の子に囲まれた中に身を置くのも良いものだ。
この日はオールドバガンを自転車で一日観光する事にして、
翌日は近郊のポッパ山へと半日旅行、そして夕方には再び
この「秘密の場所」に戻り、夕日を眺めながら一日を振り返る。
そんな癒しと一時の安息を得る為にここを訪れ、
この場所はそんな思いを決して裏切らない。
真っ赤に染まる夕日が、遠くの山間に落ちて行く儚い時間は、
同じ空間を共有する尊さを、色濃く鮮やかに焼き付けた。



↑「秘密の場所」



↑ポッパ山は本当に神秘的な姿をしております。

↑しかし凶暴なサルが多いので要注意。襲われました。。。

ミャンマー滞在の半分をバガンに費やしても、
バガンの魅力には飽き足らず、それどころか
よりこの土地の奥深さと素晴らしさを体感する。
ティティとサンサンとも分かれの日が近づく頃、
ニューバガンの彼らの家で昼食を頂く事になった。
お母さんがとっておきのご飯を作ってくれるらしい。
宿で馬車をチャーターし、「いつもの場所」まで行き
彼らをピックアップしニューバガンまで揺られる。
馬車は歩くより早く、自転車より遅いスピードで進み、
心地よい揺れが眠気を誘い、とても気持ちが良い。


ニューバガンにある彼らの家は新しく、
竹で編まれた外壁の模様が美しい。
家に着くなり食事の用意がされ、お母さんフルコースが出される。
カレーを中心に何品も皿が並ぶミャンマー料理のスタイルで、
あまりに見た目の豪勢な昼食にも圧倒されるのも束の間、
それ以上に今まで食べたどんなミャンマー料理の中でも、
群を抜いておいしい事に驚かされた。
ティティが「家の料理は本当においしい。」
と、よく言っていたのを思い出す。
チキンカレーもレストランで出される物よりも味がしっかりしており、
柔らかく必要以上に脂っこくないし、野菜も新鮮で艶がある。
家族のおもてなしを存分に味わい、
食事もたらふくご馳走になった。
家の中では彼らの中で一番小さな妹がはしゃぎ、
サンサンは窓辺でこちらを見て笑っている。
外は日が照る炎天下でも、家の中は嘘のように涼しい。
ギターが用意され、一緒に住んでいる親戚の兄さんと
お互いギターを弾いては歌を歌う。
こんなにのどかで素晴らしい時間はそう滅多に無い。
ずっとこのまま安息の日々が過ぎたらどんなに良いだろう。
そこには紛れも無い「平和」が存在していたに違いない。




↑「タナカ」を塗られています。

僕達は何の因果か分からない今日この場所に、
小さなきっかけが元で集っているに過ぎない。
知り合うことすら奇跡的な出会いが国境を越えて、
家の敷居をまたぎ、一緒に食卓を囲んでいる。
そんな幸福感が溢れ出す貴重な体験は、
僕達にまた素晴らしい思い出を与えた。
一度宿に戻り、少し休憩を取った後、
またまた「秘密の場所」へ向かう。
傾く夕日に自転車で走り、皆で最後の夕焼けを眺める。
ティティとサンサンともしばらくのお別れだ。
夕暮れの薄暗さと、涼しく吹く風が感傷的な空気を助長する。
残される者の寂しさは、旅立つ者より辛いのも分かるが、
再びここを訪れる事を約束し手を振った。
暮れ行く道を自転車で並んで走り、
バガンの思い出を話す。
翌日は菜々chanと共に午後のバスでヤンゴンに向かい、
長いバス移動の後、早朝にヤンゴンのバスターミナルに着く。
ホテルで数時間休憩した後、彼女は一足先に日本へと戻る。
本当に特別な事が多すぎて、
頭の中が整理しきれない程に、
楽しい思い出が詰め込まれた。
早ければ1年以内にミャンマーに戻りたいとは思うものの、
自転車の旅が再開したら、実際はどうなるか分からない。
それでも約束を果たす為に再び訪れなくてはいけない。
次来る時は、ダハブメンバーを強引に引き連れて、
「ダハブ会inバガンを開こう。」なんて話もした。
彼らはその時もまた、きっと同じような素朴さで
僕達を迎え入れてくれるだろう。


↑タイに戻ると同じ東南アジアとして「ヒトククリ」には出来ない、
ミャンマーとの経済格差を改めて実感します。
やはり素朴なとは日常は、非日常にあってこそ感動を与えるのでしょうか?
菜々ちゃん&兄や!しっかり就職決めなさいよ~!応援してます。
日が沈んだとたんに周囲の空気は涼しさを増し、
西の空に浮かぶ真っ赤な雲が深い紫の中に映える。
マンダレーから8時間かけてバガンへと戻り、
無事2人を送り届け、マンダレー小旅行が終わった。
長距離移動した後はいつも妙な倦怠感と疲労感が残り、
自転車移動するよりも心身に負担がかかる気がする。
その日はベッドに横になるとそのまま眠りについた。

翌朝は騒々しい祭りの様な音で無理やり起こされる。
早朝から何事かと思って慌てて表へ飛び出すと、
着飾り変装した人々や、音楽に合わせて踊り歩く人が
通りに溢れ、ニャンウーの町をパレードしている。
何事かは分からないが一気に目が覚め、
カメラを片手にそのパレードに紛れて歩いた。
出家する坊さんを祝う行事のようで、
坊さんを家からお寺に入れる前に行わなくてはならず、
これをするには相当なお金が必要なのだと言う。
滅多に見れるものではないらしく、大変ラッキーな朝だ。



そして幸運な事と言えば更に幸運な事に、
約1年前にエジプトのダハブで一緒だった仲間の一人、
菜々chanがバガンまで尋ねて来てくれたのだ。
就職活動中の合間の休みを利用してのミャンマー旅行は、
かなりタイトでマニアックなものだが、久々の再会に高揚する。
僕が朝食をとっている所に現れた彼女と再会を果たし、
現実味の薄い感覚に思わず動揺してしまいそうだった。
思えば一年前に中東を旅している時、一ヶ月共に行動し、
ダイビングのライセンスも同じグループで取得した。
毎晩みんなでワイワイと楽しい宴を繰り広げていが、
いずれはそんな日も終わってそれぞれの旅に戻る。
あれから帰国する者もいれば、
世界を未だに旅している者もいる。
そんなスペシャルな時間を共有していた仲間との再会は、
時間の概念を通り越えて、あの時の感情を取り戻させた。
ティティとサンサンにも「ナナが遊びに来るから紹介するよ。」
と言ってあったので早速自転車を借りてバガンを走る。
「暑さは災いの元凶。」とされるミャンマーにおいて、
日中の照りつける太陽は刺さるように肌を刺激し、
そんな暑さの中で基本的に観光客以外は、
何をするわけでもなく日陰で休憩している。
ティティとサンサンも日のあたる場所を嫌がり、
日中はほとんど部屋の中で過ごす。
僕らが「いつもの場所」に着くと、彼らは
相変わらず素朴な表情で出迎えてくれる。
まだ人気の無い「秘密の場所」に移動し、しばらく景色を楽しんでいると、
僕らはあっという間に、以前から知り合いだったかの様に溶け込んでいた。
旅をしていると、どうしても男仲間の中で生活する事が多くなるものだが、
美しい景色と女の子に囲まれた中に身を置くのも良いものだ。
この日はオールドバガンを自転車で一日観光する事にして、
翌日は近郊のポッパ山へと半日旅行、そして夕方には再び
この「秘密の場所」に戻り、夕日を眺めながら一日を振り返る。
そんな癒しと一時の安息を得る為にここを訪れ、
この場所はそんな思いを決して裏切らない。
真っ赤に染まる夕日が、遠くの山間に落ちて行く儚い時間は、
同じ空間を共有する尊さを、色濃く鮮やかに焼き付けた。



↑「秘密の場所」



↑ポッパ山は本当に神秘的な姿をしております。

↑しかし凶暴なサルが多いので要注意。襲われました。。。

ミャンマー滞在の半分をバガンに費やしても、
バガンの魅力には飽き足らず、それどころか
よりこの土地の奥深さと素晴らしさを体感する。
ティティとサンサンとも分かれの日が近づく頃、
ニューバガンの彼らの家で昼食を頂く事になった。
お母さんがとっておきのご飯を作ってくれるらしい。
宿で馬車をチャーターし、「いつもの場所」まで行き
彼らをピックアップしニューバガンまで揺られる。
馬車は歩くより早く、自転車より遅いスピードで進み、
心地よい揺れが眠気を誘い、とても気持ちが良い。


ニューバガンにある彼らの家は新しく、
竹で編まれた外壁の模様が美しい。
家に着くなり食事の用意がされ、お母さんフルコースが出される。
カレーを中心に何品も皿が並ぶミャンマー料理のスタイルで、
あまりに見た目の豪勢な昼食にも圧倒されるのも束の間、
それ以上に今まで食べたどんなミャンマー料理の中でも、
群を抜いておいしい事に驚かされた。
ティティが「家の料理は本当においしい。」
と、よく言っていたのを思い出す。
チキンカレーもレストランで出される物よりも味がしっかりしており、
柔らかく必要以上に脂っこくないし、野菜も新鮮で艶がある。
家族のおもてなしを存分に味わい、
食事もたらふくご馳走になった。
家の中では彼らの中で一番小さな妹がはしゃぎ、
サンサンは窓辺でこちらを見て笑っている。
外は日が照る炎天下でも、家の中は嘘のように涼しい。
ギターが用意され、一緒に住んでいる親戚の兄さんと
お互いギターを弾いては歌を歌う。
こんなにのどかで素晴らしい時間はそう滅多に無い。
ずっとこのまま安息の日々が過ぎたらどんなに良いだろう。
そこには紛れも無い「平和」が存在していたに違いない。




↑「タナカ」を塗られています。

僕達は何の因果か分からない今日この場所に、
小さなきっかけが元で集っているに過ぎない。
知り合うことすら奇跡的な出会いが国境を越えて、
家の敷居をまたぎ、一緒に食卓を囲んでいる。
そんな幸福感が溢れ出す貴重な体験は、
僕達にまた素晴らしい思い出を与えた。
一度宿に戻り、少し休憩を取った後、
またまた「秘密の場所」へ向かう。
傾く夕日に自転車で走り、皆で最後の夕焼けを眺める。
ティティとサンサンともしばらくのお別れだ。
夕暮れの薄暗さと、涼しく吹く風が感傷的な空気を助長する。
残される者の寂しさは、旅立つ者より辛いのも分かるが、
再びここを訪れる事を約束し手を振った。
暮れ行く道を自転車で並んで走り、
バガンの思い出を話す。
翌日は菜々chanと共に午後のバスでヤンゴンに向かい、
長いバス移動の後、早朝にヤンゴンのバスターミナルに着く。
ホテルで数時間休憩した後、彼女は一足先に日本へと戻る。
本当に特別な事が多すぎて、
頭の中が整理しきれない程に、
楽しい思い出が詰め込まれた。
早ければ1年以内にミャンマーに戻りたいとは思うものの、
自転車の旅が再開したら、実際はどうなるか分からない。
それでも約束を果たす為に再び訪れなくてはいけない。
次来る時は、ダハブメンバーを強引に引き連れて、
「ダハブ会inバガンを開こう。」なんて話もした。
彼らはその時もまた、きっと同じような素朴さで
僕達を迎え入れてくれるだろう。

↑タイに戻ると同じ東南アジアとして「ヒトククリ」には出来ない、
ミャンマーとの経済格差を改めて実感します。
やはり素朴なとは日常は、非日常にあってこそ感動を与えるのでしょうか?
菜々ちゃん&兄や!しっかり就職決めなさいよ~!応援してます。


























