マンダレーからバガンに戻るバスは、暮れ行く山道をゆっくりと進む。

日が沈んだとたんに周囲の空気は涼しさを増し、
西の空に浮かぶ真っ赤な雲が深い紫の中に映える。

マンダレーから8時間かけてバガンへと戻り、
無事2人を送り届け、マンダレー小旅行が終わった。

長距離移動した後はいつも妙な倦怠感と疲労感が残り、
自転車移動するよりも心身に負担がかかる気がする。

その日はベッドに横になるとそのまま眠りについた。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan21

翌朝は騒々しい祭りの様な音で無理やり起こされる。

早朝から何事かと思って慌てて表へ飛び出すと、
着飾り変装した人々や、音楽に合わせて踊り歩く人が
通りに溢れ、ニャンウーの町をパレードしている。

何事かは分からないが一気に目が覚め、
カメラを片手にそのパレードに紛れて歩いた。

出家する坊さんを祝う行事のようで、
坊さんを家からお寺に入れる前に行わなくてはならず、
これをするには相当なお金が必要なのだと言う。

滅多に見れるものではないらしく、大変ラッキーな朝だ。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan20

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan19

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan35

そして幸運な事と言えば更に幸運な事に、
約1年前にエジプトのダハブで一緒だった仲間の一人、
菜々chanがバガンまで尋ねて来てくれたのだ。

就職活動中の合間の休みを利用してのミャンマー旅行は、
かなりタイトでマニアックなものだが、久々の再会に高揚する。

僕が朝食をとっている所に現れた彼女と再会を果たし、
現実味の薄い感覚に思わず動揺してしまいそうだった。

思えば一年前に中東を旅している時、一ヶ月共に行動し、
ダイビングのライセンスも同じグループで取得した。
毎晩みんなでワイワイと楽しい宴を繰り広げていが、
いずれはそんな日も終わってそれぞれの旅に戻る。

あれから帰国する者もいれば、
世界を未だに旅している者もいる。

そんなスペシャルな時間を共有していた仲間との再会は、
時間の概念を通り越えて、あの時の感情を取り戻させた。

ティティとサンサンにも「ナナが遊びに来るから紹介するよ。」
と言ってあったので早速自転車を借りてバガンを走る。


「暑さは災いの元凶。」とされるミャンマーにおいて、
日中の照りつける太陽は刺さるように肌を刺激し、
そんな暑さの中で基本的に観光客以外は、
何をするわけでもなく日陰で休憩している。

ティティとサンサンも日のあたる場所を嫌がり、
日中はほとんど部屋の中で過ごす。

僕らが「いつもの場所」に着くと、彼らは
相変わらず素朴な表情で出迎えてくれる。

まだ人気の無い「秘密の場所」に移動し、しばらく景色を楽しんでいると、
僕らはあっという間に、以前から知り合いだったかの様に溶け込んでいた。


旅をしていると、どうしても男仲間の中で生活する事が多くなるものだが、
美しい景色と女の子に囲まれた中に身を置くのも良いものだ。


この日はオールドバガンを自転車で一日観光する事にして、
翌日は近郊のポッパ山へと半日旅行、そして夕方には再び
この「秘密の場所」に戻り、夕日を眺めながら一日を振り返る。

そんな癒しと一時の安息を得る為にここを訪れ、
この場所はそんな思いを決して裏切らない。

真っ赤に染まる夕日が、遠くの山間に落ちて行く儚い時間は、
同じ空間を共有する尊さを、色濃く鮮やかに焼き付けた。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan23

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan22

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan28
↑「秘密の場所」
自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan27

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan34

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan24
↑ポッパ山は本当に神秘的な姿をしております。
自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan26
↑しかし凶暴なサルが多いので要注意。襲われました。。。
自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan25


ミャンマー滞在の半分をバガンに費やしても、
バガンの魅力には飽き足らず、それどころか
よりこの土地の奥深さと素晴らしさを体感する。

ティティとサンサンとも分かれの日が近づく頃、
ニューバガンの彼らの家で昼食を頂く事になった。
お母さんがとっておきのご飯を作ってくれるらしい。

宿で馬車をチャーターし、「いつもの場所」まで行き
彼らをピックアップしニューバガンまで揺られる。

馬車は歩くより早く、自転車より遅いスピードで進み、
心地よい揺れが眠気を誘い、とても気持ちが良い。

$自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan38

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan39

ニューバガンにある彼らの家は新しく、
竹で編まれた外壁の模様が美しい。

家に着くなり食事の用意がされ、お母さんフルコースが出される。

カレーを中心に何品も皿が並ぶミャンマー料理のスタイルで、
あまりに見た目の豪勢な昼食にも圧倒されるのも束の間、
それ以上に今まで食べたどんなミャンマー料理の中でも、
群を抜いておいしい事に驚かされた。

ティティが「家の料理は本当においしい。」
と、よく言っていたのを思い出す。

チキンカレーもレストランで出される物よりも味がしっかりしており、
柔らかく必要以上に脂っこくないし、野菜も新鮮で艶がある。

家族のおもてなしを存分に味わい、
食事もたらふくご馳走になった。

家の中では彼らの中で一番小さな妹がはしゃぎ、
サンサンは窓辺でこちらを見て笑っている。

外は日が照る炎天下でも、家の中は嘘のように涼しい。

ギターが用意され、一緒に住んでいる親戚の兄さんと
お互いギターを弾いては歌を歌う。

こんなにのどかで素晴らしい時間はそう滅多に無い。

ずっとこのまま安息の日々が過ぎたらどんなに良いだろう。

そこには紛れも無い「平和」が存在していたに違いない。

$自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan37

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan31

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan29

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan30
↑「タナカ」を塗られています。
自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan32

僕達は何の因果か分からない今日この場所に、
小さなきっかけが元で集っているに過ぎない。

知り合うことすら奇跡的な出会いが国境を越えて、
家の敷居をまたぎ、一緒に食卓を囲んでいる。

そんな幸福感が溢れ出す貴重な体験は、
僕達にまた素晴らしい思い出を与えた。


一度宿に戻り、少し休憩を取った後、
またまた「秘密の場所」へ向かう。

傾く夕日に自転車で走り、皆で最後の夕焼けを眺める。

ティティとサンサンともしばらくのお別れだ。

夕暮れの薄暗さと、涼しく吹く風が感傷的な空気を助長する。

残される者の寂しさは、旅立つ者より辛いのも分かるが、
再びここを訪れる事を約束し手を振った。

暮れ行く道を自転車で並んで走り、
バガンの思い出を話す。


翌日は菜々chanと共に午後のバスでヤンゴンに向かい、
長いバス移動の後、早朝にヤンゴンのバスターミナルに着く。

ホテルで数時間休憩した後、彼女は一足先に日本へと戻る。

本当に特別な事が多すぎて、
頭の中が整理しきれない程に、
楽しい思い出が詰め込まれた。

早ければ1年以内にミャンマーに戻りたいとは思うものの、
自転車の旅が再開したら、実際はどうなるか分からない。

それでも約束を果たす為に再び訪れなくてはいけない。

次来る時は、ダハブメンバーを強引に引き連れて、
「ダハブ会inバガンを開こう。」なんて話もした。

彼らはその時もまた、きっと同じような素朴さで
僕達を迎え入れてくれるだろう。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan33

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
↑タイに戻ると同じ東南アジアとして「ヒトククリ」には出来ない、
ミャンマーとの経済格差を改めて実感します。
やはり素朴なとは日常は、非日常にあってこそ感動を与えるのでしょうか?
菜々ちゃん&兄や!しっかり就職決めなさいよ~!応援してます。
自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan07

深く沈むような青さの空は、計り知れない程に高く、
地平線まで続く赤茶色の景色の中には、
数え切れない無数のパゴダが散らばる。

砂と空のコントラストは太陽の光を浴びる事で強まり、
照らされた遺跡は風景の中にくっきりと浮かび上がる。

ミャンマーで最大の見所でもある『バガン』は、
観光客の数はほかの町に比べて多いものの、
まだ変わらず昔のままの姿を残したままに、
静かに落ち着いた時間が町中に流れていた。

$自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan15

5年前にここを訪れた際に出会った家族に会いたい。
と言う思いが忘れらず、再会を果たす為にやってきた。

とは言うもののその家族は、遺跡の脇の掘っ立て小屋に
許可があるのか無いのか分からない様な状態で住んでいて、
5年経った現在もそこにいる保障は全く無い。
彼らの名前と当時撮影した写真が手元にあるので、探し出す
事は可能だとは思ったのだが、合えるかどうかは不明だった。

ヤンゴンを出たバスは、12時間後にバガン観光の拠点となる、
『ニャンウー』へ午前4時に着いた。

辺りは真っ暗でもちろんこんな時間には何処の店もやってない。
標高が高い事もあり、空気は乾燥していて相当寒い。

とりあえず馬車に乗って以前宿泊したゲストハウスに向かい、
馬車の運転手が閉まっているシャッターを叩いて、
寝ているスタッフを起こし、なんとか強引にチェックインする。

朝晩は大抵停電するので、真っ暗の中ろうそくを一本灯し、
荷物を広げるのも面倒だったので、その日はそのまま横になった。


翌日はバス移動の疲れが残っていたので昼過ぎまで休み、
夕刻に自転車を借りて、以前の記憶を頼りに目的地へと向かう。

日中の厳しい日差しの中、ニャンウーからパゴダや仏教遺跡が
集中するオールドバガンへ続く道を、懐かしさを感じながら走る。

ティーローミンロー寺院を過ぎて200m程進んだ所を左折すると、
おぼろげだった記憶が鮮明にフラッシュバックされて確信に変わる。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan01

以前訪れた遺跡に間違いないはない。

この遺跡から更に畑の中を歩いた先にある四角い建物。

5年前に馬車の運転手に「秘密の場所だ。」と言われて連れてこられ、
そこで知り合った家族は今でも健在でここにいるのだろうか?

$自転車世界横断!!TERU-TERU project-bagan18

そんな一抹の不安を抱えながら、そこへと向かうと。

なにやら建物の屋上に数人の人影があり、どうやら観光客のようだ。

観光客など知りえるはずの場所になぜあんなに人がいるのだろう?

ともあれ、あそこに人がいるのであれば、
彼らもそこで何か商売をしている可能性は高い。
日が傾いて行く中、急いで屋上まで上ると、
10名程の人が夕日を見る為に集まっていた。

みやげ物を売るミャンマー人の顔をまじまじと見ていると、
そこに以前の面影が残る一人の女の子を発見した。

向こうは突然まじまじと見られて困惑していたので、
「多分だけど5年前にここであった事があるはずだよ。
今日は妹は一緒じゃないの?」と言って名前を告げると、
彼女も覚えていたようで、かなり驚いた様子だった。

あまりにも計画通りに再会を果たせた事にも驚くのと同時に、
今も変わらずここで生活している事に、勝手ながら感動した。

パソコンに入れてある以前撮影した写真を見せると、
更に記憶が蘇ったのか妙にテンションが上がっていた。
やたらとお土産物を押し売り同然に買わされた事や、
家族と一緒にご飯を食べた事、周辺を案内してもらった事。

思い返すと色々と楽しい思い出があった事を振り返る。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan03
↑姉のティティ

姉のティティは現在17歳で今もここで土産物を地道に売り、
農作物の収穫時期などは周辺の村へと働きにでる。

妹のサンサンは13歳になり、マンダレーの学校に通っていたが、
今は学校も休みに入り、オールドバガンからエーヤワディー川を
渡った対岸にある叔母の家で仕事を手伝っているらしい。

家はオールドバガンからニューバガンに移って母親と住んでおり、
父親は2年前に喉の病気を患って亡くなったそうだ。

観光客は普段は近くの小さなパゴダの上で夕日を見るのだが、
現在は修復作業が始まったせいで立ち入りが禁止され、
ここにも毎日観光客が訪れるようになり、秘密の場所ではなくなった。

客は増えたものの、欧米人観光客は何も買わないので、
商売が繁盛しているわけではないらしく、
ティティもサンサンも、静かで誰もいない屋上が好きだと言う。

しばらく話しているうちに、
すっかり夕日も遠くの山に落ちて、
辺りが暗くなり始めた。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan11

翌日は午前中に会う約束をしていたので、再び秘密の場所にて再会し、
お婆さんや叔父さんとも再会を果たし、お茶とお菓子で歓迎された。

もう勝手知っているバガンでやる事も無く、ティティとしばらく話をし、
「明日から少しマンダレーに行ってまたバガンに戻ろうと思ってる。」
と言うと、「マンダレーって行った事無いから連れて行ってよ。」
唐突に想定外の答えが返ってきた。
「仕事はいいの?」と言うと、それは問題ないらしい。

「サンサンはマンダレーに住んでたし、一緒に連れてって。」

少々悩んだのだが、「これはこれで一興だ!」と、言う事で
5年ぶりの再会を祝すマンダレー旅行をプレゼントし、
妹のサンサンを迎えに川の向こうの村へと行く事にした。

家族も何故か妙に喜んでいて、明日出発と言う事で、
「急いで妹のサンサンを迎えに行ってあげなさい。」
と、皆乗り気である。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan09

いい様に話に乗せられた感はあっても、なにはともあれ、
久々の再会と皆が覚えていてくれた事の喜びのほうが大きい。
早速ティティと一緒に馬車に揺られ船着場へ行き、
そこから船で30分程の対岸の村まで急いだ。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan08

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan06

観光客が訪れる事は無いだろうと思われる船着場に着くと、
川の水で服を洗い、体を洗っている者が数人いる。

家はすぐ近くのようで、一緒に近くまで歩き入り口まで行くと、
「今からサンサンを呼んでくるからここに隠れてて。」と、言う。

大きな声で「サン!サン!」と呼び出すと、家の方から声が返る。

ティティは楽しそうに笑っている、
足音が聞こえて目の前に現れたサンサンは、
一瞬目の前の僕を見て意味が分からない様子だ。

それもそのはずで、突然現れた目の前の日本人に戸惑っていると、
ティティが「タカだよ。」と、言うとサンサンは口に手を当てて驚く。

5年前に会った時からしばらく、僕の話をする事もあったようだ。

しかしその真正面で僕はその事以上に驚いていた。

それはサンサンの姿から当時の面影を感じるものの、
当時8歳で無邪気にはしゃいでいたサンサンが、
成長して大人びていた事に思わず声をあげた。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sand forest Bagan05

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Sand forest Bagan04

ティティが事情を説明するとサンサンは嬉しそうに笑い、
叔母の家へと僕を案内してくれた。
お茶とお菓子をいただきながら、当時の写真を見せると、
少々照れくさそうに笑っていた。

叔母の家で家業を手伝っているとは言え、
一応は仕事をしているので、本当に大丈夫かとも思ったが、
サンサンも突然の旅行計画にもかかわらず、
取り立ててあれこれと予定を調整する必要も無く、
二つ返事で出発する事が決まり、荷物をまとめだした。

普通のリュック一つに必要な荷物だけを詰めた、
シンプルで身軽な装備を携え、叔母の家を後にする。


自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan10
↑妹のサンサン
自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan04

再び川を渡り馬車をチャーターし、バガンの南のはずれにある
ニューバガンにある彼女らの実家へIDを取りに行き、
ここで彼女らの母親とも再会し、マンダレー行きの話をすると、
「お土産を期待してるからね。」と嬉しそうな返事が返る。

彼らの生活リズムはいたってマイペースで、
やりたい事をやりたい時にやりたい様にする。
食べたい時に食べたい物を食べ、眠くなったら寝る。

決してお金にゆとりがあるわけではなく贅沢は出来ないが、
満たされたスローライフの骨頂ともいえる生活を送っている。

姉のティティは都会に出るのは初めてで、少々緊張気味だ。

素直で素朴な彼らの性格や生き方は、
このバガンの土地が育んだモノであり、
我々がそんな彼らの姿を垣間見る時に、
自分達の生活の反対側の世界に憧れる。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan02

妙な話の流れから、4泊5日のマンダレー小旅行がはじまり、
彼らの中に流れる変幻自在で緩やかな時間に身を委ねる事で、
彼らについて更に一層理解を深める事が出来る。

パトロンの様な小旅行ではあったが、
かけがえの無い経験と思い出が出来た。

それはきっと同じ時間を共有した彼女達も同じであろう。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-mandaley12
↑マンダレーの王宮周辺
自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan13
↑五年前のティティとサンサン。(フィルムスキャンの為画像少々荒いです。)
自転車世界横断!!TERU-TERU project-Bagan14
↑顔に塗ってあるのは「タナカ」と呼ばれるミャンマー人のお化粧。
タナカの木を擦って顔に塗ってます。日焼け止めの効果もあるそうです。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
↑バンコクの都会にいると全てが便利すぎるのですが、
ミャンマーののんびりとした生活が急に懐かしくなる時があります。
バガンに行った際にはここへ是非立ち寄ってみてください。
自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer03

巨大な黄金の仏塔は、天を突き刺す様な姿のまま佇み、
太陽の光を反射しながら一段と神々しさを増し輝く。

広がった裾野が一気に空に向かって尖る仏塔の先端は、
アンテナの様に写り、絶え間なくこだまする人々の祈りが、
我々の知り得ない何処かと繋がっているイメージを与える。

神がかった見えない力を信じさせるに十分な程の、
圧倒的な存在感を放ち続けるパゴダの下に立つ時、
その力強さに信仰の深さを全身で感じるだろう。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer04

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer02

蒸し暑く熱気が街中に充満する雨季とは異なり、
乾季のヤンゴンは過ごしやすく、朝晩は冷え込む。

2006年に首都がネピドーに移ったとは言え、
ヤンゴンは未だにミャンマーの最大都市である。

5年前に訪れた時から、急激に何かが変わった印象はないが、
物乞いの数もかなり減り、幾分かは歩きやすくなった街には、
所々に真新しく綺麗な商店やビルが建ち、空港も新しくなった。

日本語を話す怪しげなミャンマー人は未だにあちこちにいるものの、
トルコ、エジプト、タイなどのそれらとは違い、誠実で親切な人が多い。
(イスタンブールで日本語を話すトルコ人は99%詐欺師です。)

そのなミャンマー人の何人かに話を伺い現在の状況を聞いてみると、
彼らは物価の上昇に悩まされているようで、5年前に比べても
1.5~2倍近く物価が上昇し、バンコクよりも物が高く感じられる。

生活苦で困っている様子は見受けられず、
生活水準もやや上昇したように思えるのだが、
それ以上に物価の上昇が彼らを苦しめていると言う。

しかし、そうとは言ってもミャンマーの最大都市ヤンゴンには、
アジアを象徴する雑多で騒々しく妖しげな活気で溢れており、
マーケットやダウンタウンには隙間無く露天がたち並び、
狭い歩道を窮屈そうに肩を触れ合いながら行き交う。


ロンジーと言う巻きスカートは男女関係無く普段着として着用し、
様々な民族や宗教や国籍を持つ人々が生活を共にしており、
バスや車の多くは日本の中古車で、意外にも日本語も目にする。
異国情緒溢れる様は、ダウンタウンを歩いているだけでも楽しい。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer08

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer05

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer07

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer10

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer09


2007年にジャーナリストの長井さんがデモの取材中に射殺され、
その映像やニュースが衝撃的だったせいもあり、多くの日本人は
ミャンマーに対して恐怖心や不安感を抱いているらしいのだが、
実際にそのような大規模なデモが行われる事はごく稀で、
大都市のヤンゴンで数年に一度あるかないかの出来事だ。

アウンサンスーチーさんの軟禁についても、そうする意図を
考える者は少なく、安易に「恐怖の軍事国家」を連想するだけで、
「軍事政権に捕らえられた悲劇のヒロイン」と言う図式を作る。

民主化を図り開放政策を進めようとしたアウンサンスーチーに対し、
軍事政権はミャンマー文化の保守派であり、鎖国に近い政策をとる。
民主化が進む事で、他国の資本が流入し文化や情報が入り、
豊富な資源を有するミャンマーが潤う可能性もある反面で、
それにより130以上の民族を抱えるミャンマー文化は薄れる。

アメリカ、イギリスなどは、アウンサンスーチーの解放を要求し続け、
軍事政権を批判しているが、その裏にはミャンマーが民主化される
事で得られる豊富な資源を狙ったしたたかな戦略があり、
ノーベル平和賞の受賞もそれを後押しする為だったとも言われる。

軍事政権が心底悪ならば、とっくに殺されているだろう。

ミャンマーの軍事政権を肯定する気は全く無く、
アウンサンスーチーさんの一刻も早い開放を願うのだが、
その為にはその後についての対話が必要であり、
現在それに向けての動きがあるようだ。

お互いの考えや利害が一致しないからこそ争いが生まれるのであり、
その一方に肩入れした考えは余計に事実を見えにくくする。
(意外に知られていない事なのだが、アウンサンスーチーは、
「ビルマ建国の父」ことアウンサン将軍の娘であり、母はインド大使を
務めるなど、ミャンマーでは比類なき超特権階級者でもある。)

日本のお家芸でもある偏った報道は、現実を捻じ曲げるだけなのだが、
そんな情報しか耳に入らないのなら、それは仕方ないかもしれない。

確かに外国人が立ち入り禁止の地域は国境付近の山岳部に多く、
その周辺では部族と軍とが戦争を継続している場合がある。
我々の元に真相を伝える確信的な情報が入る事は難しいが、
実際に生活している多くのミャンマー人は平和を望み友好的で、
他の国の様にあからさまにボッタクル事や、意地悪な事はしない。

ごく自然な生活の営みの中で、日々を真面目に暮らしている。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer06

実際目で見て体感することでしか分からない事だらけの中、
僕が見た事で伝えられるのは僕の経験と知識の範囲内だけで、
まだ知り得ない良い部分、悪い部分の情報は無限にある。

そんな情報の破片をつなぎ合わせる作業は、
旅を続ける楽しさに変わり、どこか遠くへと運ぶ。


情報規制が厳しいミャンマーでは、外国人と現地人との会話にも
警察が注意を払い、政治の話をする事などは犯罪でもある。
インターネットの閲覧規制も厳しく、開く事が出来ないサイトも多く、
一部のネット屋では見れる場合があるものの極端に速度が遅い。

「ミャンマーに滞在中はよっぽどの時以外、ネットは使わない。」

そんな事を心に決め、しばらくはネットの事を考えない生活を送る。

そんな時間がミャンマーには合っているのだと思う。


これからミャンマー中部の仏教遺跡群『バガン』へ向かう。

僕がミャンマーへ再度来た最大の理由がそこにあり、
不安と期待が揺れ動く絶妙なバランスを保ちながら、
13時間のバス移動は自転車移動よりも体にこたえるのだった。

自転車世界横断!!TERU-TERU project-Myanmer01


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
↑約三週間のミャンマー滞在で、現在はバンコクに戻りました。
しばらく更新およびメール等の返事ができなかったのは、
上記の理由です。方々色々とご心配かけました。。。
3部作位でミャンマー編をまとめる予定ですので、乞うご期待!