
深く長く続く谷を真っ白な霧が埋め尽くす。
山の天気は移ろいやすく、日が暮れだすと晴天が一変し
突然の雨を降らせては辺りを霧で煙らせる。
霧は急な斜面を山頂に向かってゆっくりと登り、
白く大きな流れは自然に生きる魂の姿を見ているようだ。


↑遠く渓谷の先にブシャーレの町が広がる。
地中海沿岸の町からレバノン山脈へ進路を変え、
山中を南北に伸びるカディーシャ渓谷に辿り着いた。
急な斜面にへばりつくように小さな町が幾つか点在し、
ちょうど谷間の北の果てに位置する場所に、
『ブシャーレ』と、言う小さな集落が存在する。
イスラム教徒が国民の大半を占める中東諸国において、
この町の人々のほとんどはキリスト教徒であり、
町の中心地には立派な教会が建てられている。
7世紀に迫害から逃れてきたキリスト教マロン派の民は、
人里離れたこの偏狭の地に隠れるように町を築いた。
背後に迫るレバノン山脈には真っ白な雪が積もり、
深い谷間が南北に伸びる景観は実にダイナミックであり、
景色が作り出す美しさとは別に、土地が持つ神秘性を感じる。
自転車に乗り辺りを走り回っているだけで、
その情景の素晴らしさに絶えず感動を受けた。
またここは詩人であり画家でもあったジュブランの生地でもあり、
断崖絶壁に町を見下ろすように建つ古い修道院は、
現在ジュブラン博物館として一般に公開されている。



更に山道を10km程上ると、シーズン真っ只中のスキー場が現れ、
その麓にはレバノン国旗にも描かれる『レバノン杉』が群生している。
美しい木目と腐敗しにくく頑丈なレバノン杉は古くから重宝され、
紀元前12世紀頃にはフェニキア人がレバノン杉を使って
頑丈な竜骨をもつガレー船を作り地中海貿易を制した。
また建材としても多様に使われ周辺国へも多く輸出された。
しかしかつてレバノン全土を覆っていたレバノン杉は乱伐により
現在数を3000本にまで減らし、『ブシャーレ』周辺の保護区には
その約3分の1が群生している。
群生しているレバノン杉の多くは樹齢2000年程のものが多く、
根元から太く何本も枝分かれしながら広く伸びる姿は、
日本人が持つ杉のイメージとはかけ離れているのだが、
それはこれらがヒマラヤスギ同様にマツ科の樹木だからだ。
絶滅すら危惧されるレバノン杉を目の前に、
「創り出す時間は、破壊する時間を超える事は出来ない。」
と、改めて考えさせられた。
レバノン国旗に描かれるレバノン杉は「永遠と高潔」を意味する。
保護と繁殖が急がれる今、
これらの現状を見つめ直し、
清らかに茂る森を夢見ても、
それは永遠にすら思える程
長い時間の果てにあるのだ。


↑深い雪に囲まれてレバノン杉は群生しています(写真奥)。

↑スキー場付近で悪乗りをして雪に埋もれてた車に出会いました。
見過ごすわけにもいかず救出活動に参加し30分後に脱出。
以前僕が新卒入社一年目に、同期のザッティーという男と一緒に
スチール撮影のロケハンへと向かい、雪で通行止めになった秩父の
山中を進み、同じように雪にはまり遭難しかけたのを思い出しました。


↑2番目に古いレバノン杉で樹齢5000年。
巨大なその姿が持つ雰囲気は神がかっています
↑標高0mから一気に1450mまで上ってきました。
それでも以外に日中は暖かく過ごしやすい陽気です。
トリポリを出発する際に突然の嵐が襲い、ビル一階のカフェで
雨宿りをしていたのですが雷がそのビルに落ちて停電しました。
今まで聴いた事無い類の雷鳴は恐ろしさを越えて感動しました。