『ブハラ』から北西に約450km。かつて「中央アジア最大の奴隷市場」
として恐れられた『ヒヴァ』と、言う小さな町がある。
高さ10m全長2000m程の城壁に囲まれた町は『イチャン・カラ』と呼ばれ、
中世の町並みを残す『イチャン・カラ』全体が世界遺産に登録されている。
ビザの期限も迫る中、砂漠に伸びる道を一路『ヒヴァ』へと急いだ。
どこまでも続く砂漠の風景は、灼熱の中走った中国のそれとは違い、
乾いた空気と涼しい風が妙に寂しさを助長しているように感じる。
地図を見ても途中には町や宿を確認することは出来ず、数十kmの間隔で
長距離バスやトラックが一時停まるだけのドライブインがある程度だ。
そこで食料や水を十分に確保しながら、ペースを早めペダルをこぎ続けた。
道は平らで天候も良く、ほぼ無風と言う好条件が重なり距離を稼ぐ。
一日目は180km走り野宿。砂漠の夜は想像以上に冷え込み、
『サマルカンド』のバザールで買っておいたセーターが役に立った。
二日目の朝はあまりの寒さで寝袋から出るのに時間がかかったものの、
なんとか気合を入れて外へ出て、さっさとテントを片付け出発する。
遅く昇る朝日を浴びる事で、日照時間が短くなったのを感じた。
退屈な景色の中、休憩を重ね時速25km程でしばらく走る。
『ブハラ』を越えたウズベキスタンの西部は、荒涼とした景色が延々と続き、
交通量も極端に少なくなる。古く壊れかけたトラックが時折車体を軋ませ
大きな音を立てながら僕を追い抜き、またそれを追いかけるように走る。
日が暮れてドライブインで夕食を摂っていると、店のおばさんが
「しばらくここで休んでいきなさい。」と、お茶を出してくれたので、
お言葉に甘えて「のんびり休憩してから、適当にキャンプしよう。」と思い、
だらだらとしていたら、このお店は深夜まで営業しているようだったので、
「ここで少し仮眠をとってから、夜通し走って一気に『ヒヴァ』まで走ろう。」
と、何故か変なチャレンジ根性が湧き上がってきた。
店のおばさんが「お好きにどうぞ」と、枕とかけ布団を用意してくれたので、
空いてる席で横にり4時間ばかりぐっすりと眠る事が出来た。
目が覚めお茶を飲み、深夜1時を過ぎてから再出発する事にした。
店の前にはタクシーの運転手が数人おり、僕を見るなり声をかけて来る。
「ヒヴァまでは80km近くあるし、タクシーに乗って行け。」と、言うのだが、
今もし乗っても変な時間に町に着くし、値段も高かったので断っていたら、
「ここからは道がややこしいから、途中まで先導するし後について来い。」
と、人の良さそうなおじさんが言ってきたので、先日の強盗格闘事件の
教訓もあり微妙な警戒心はあったものの、とりあえず後を追う事にした。
まずは『ヒヴァ』の30km手前の『ウルゲンチ』と、言う街を目指す。
僕の前をゆっくりと車が先導し、バックライトが赤く照らす夜道を走る。
夜道を走るのはこの旅で始めての経験であり、街灯など一切無く、
すれ違う車も滅多にいない暗がりの中を走る事が妙に楽しく感じた。
2時間近く走り、川沿いの電灯が照らす工事現場で車が停車し、
「向こう岸に見える警察の駐在所の明かりを目指してまっすぐ走って、
そのまま道なりに25km位進むと『ウルゲンチ』に着くよ。」
と、教えてくれたので、「わざわざありがとうございます。」
と、お礼をした後、今度は先導の無い真っ暗な道を走り出した。
「やはり世の中そんなに悪い人ばかりではないな。」と思いながら、
こんな深夜に現れた日本人チャリダーに付き合ってくれたおじさんに、
どこか心までも救われたような、変にうれしい気持ちになった。
その工事現場はアムダリヤ河に架ける橋を作っており、まだ未完成で
鉄板が水面ぎりぎりに敷かれているだけの架設橋を恐々渡る。
目が慣れ橋の上で自転車を停め一休憩すると、雲ひとつ無い夜空に
煌々と光る半月によって、辺りの景色がうっすらと浮かび上がってくる。
またアムダリヤ河は水鏡となり、その半月を逆さまに映し出し、
秋の澄んだ空気はクリアフィルターとなり、星は眩しいほどより輝く。
工事の機械が遠くで動く音を聞きながら、しばし橋の上に座り込んだ。
しかし、流れの先は人的環境破壊の象徴と言われる『アラル海』であり、
アムダリヤ河流域の様々な開発事業が『アラル海』を「死せる海」と、
呼ばせる原因のいくつかを作り出してしまっている現状を考える時、
幻想的な景色の中、急に現実に引き戻される様な複雑な心境になる。
アラル海は後に訪ねる予定でいるので、一時の別れを告げて再び走る。
自転車のライトは暗闇では無力に等しく、月明かりだけが頼りだった。
暗闇に浮かぶ世界は、黒の中に深いコバルトブルーが滲んでいて、
「深い海の底を泳ぐように走っている。」そんな錯覚に捕らわれながら
半月を見上げると、深海から遠く揺れる太陽を見上げているようだ。

深海の静寂の中、周囲の全ては皆眠りに落ちていて、
ペダルをこぐ度に回るチェーンの音以外何も聞こえない。
夜が作り出す世界は明らかに異界で、好奇心と緊張感が交じり合い
浮世離れした空気感が、より僕の気持ちを高揚させるのだった。
流れ星を20個程数え『ウルゲンチ』に到着。
こんな時間に誰が乗るのか分からないが、客待ちしているタクシーに
『ヒヴァ』までの道を聞き、小休憩の後更に先を目指す。
『ヒヴァ』まではトロリーバス(電線から電力を得て走るバス)が走っており、
トロリーバス用の電線を目印に、南西へ走る事2時間で『ヒヴァ』に到着。
時間は午前6時ちょうど。周囲はまだ暗く町を歩く人影も見当たらない。
『イチャン・カラ』の城壁を目の前に、しばらく変な達成感に浸っていると、
朝日が夜を押し上げる様に、東の地平線がうっすら明るく光りだし、
徐々に城壁のシルエットが濃く変化していった。

誰も人が見当たらず恐る恐る西門から中に入ると、『ヒヴァ』の象徴でもある、
青のタイルが張り巡らされた『カルタ・ミナル』と、言う大きな塔が目に入る。
その先には石畳が続き、高い2本のミナレット(塔)が朝日を背に立ち、
古い民家や神学校が肩を並べて東門まで続いている。
中世のイスラム世界がそのままに残っている『イチャン・カラ』の朝に
人は一人も外におらず、自転車を右手に押しながら町を歩く時、
町を独り占めした満足感と共に、全身でタイムスリップした感覚を得た。
歴代のハーン(王)は皆残忍で、特に『ヒヴァ』のハーンは残虐だったらしく、
恐怖によって統治された国のこの町で行われた残虐非道な拷問や処刑、
各地から浚われるなどして集められた人々が理不尽に鎖につながれ、
彼らを売り買いする奴隷貿易が盛んだった事をふと想像してしまうと、
静寂の町に立っている事が急に恐ろしくなり、さっさと目的の宿を目指した。
宿は『イチャン・カラ』内にある『イスラームベック』と、言うB&Bで、
屋上は展望台になっており、登ると町全体を見渡す事が出来る。
朝日を浴びる『イチャン・カラ』を眺めながら、ロングライドを思い返した。
『ヒヴァ』は本当に小さな街で、見所の全てが城壁の中にまとまっている為、
半日もあれば全てを見て回る事も可能だが、休養も兼ね2日の滞在とした。
体が冷え切ったせいか?町に今まだ残る念のせいか?頭痛が止まない。
そんな不思議で奇妙な感覚を僕の感性に訴えかける『ヒヴァ』の町は、
どこか歪んだ魅惑に満ちており、僕をこの場所に留めたのだった。








↑夜間走行はかなりスリリングでした。現在ウズベキスタン最西部にある
『カラカルパクスタン共和国』の首都『ヌクス』にいます。アラル海を目指し、
『ムイナク』と、言う村に行った時の記事は、また後日アップします。
として恐れられた『ヒヴァ』と、言う小さな町がある。
高さ10m全長2000m程の城壁に囲まれた町は『イチャン・カラ』と呼ばれ、
中世の町並みを残す『イチャン・カラ』全体が世界遺産に登録されている。
ビザの期限も迫る中、砂漠に伸びる道を一路『ヒヴァ』へと急いだ。
どこまでも続く砂漠の風景は、灼熱の中走った中国のそれとは違い、
乾いた空気と涼しい風が妙に寂しさを助長しているように感じる。
地図を見ても途中には町や宿を確認することは出来ず、数十kmの間隔で
長距離バスやトラックが一時停まるだけのドライブインがある程度だ。
そこで食料や水を十分に確保しながら、ペースを早めペダルをこぎ続けた。
道は平らで天候も良く、ほぼ無風と言う好条件が重なり距離を稼ぐ。
一日目は180km走り野宿。砂漠の夜は想像以上に冷え込み、
『サマルカンド』のバザールで買っておいたセーターが役に立った。
二日目の朝はあまりの寒さで寝袋から出るのに時間がかかったものの、
なんとか気合を入れて外へ出て、さっさとテントを片付け出発する。
遅く昇る朝日を浴びる事で、日照時間が短くなったのを感じた。
退屈な景色の中、休憩を重ね時速25km程でしばらく走る。
『ブハラ』を越えたウズベキスタンの西部は、荒涼とした景色が延々と続き、
交通量も極端に少なくなる。古く壊れかけたトラックが時折車体を軋ませ
大きな音を立てながら僕を追い抜き、またそれを追いかけるように走る。
日が暮れてドライブインで夕食を摂っていると、店のおばさんが
「しばらくここで休んでいきなさい。」と、お茶を出してくれたので、
お言葉に甘えて「のんびり休憩してから、適当にキャンプしよう。」と思い、
だらだらとしていたら、このお店は深夜まで営業しているようだったので、
「ここで少し仮眠をとってから、夜通し走って一気に『ヒヴァ』まで走ろう。」
と、何故か変なチャレンジ根性が湧き上がってきた。
店のおばさんが「お好きにどうぞ」と、枕とかけ布団を用意してくれたので、
空いてる席で横にり4時間ばかりぐっすりと眠る事が出来た。
目が覚めお茶を飲み、深夜1時を過ぎてから再出発する事にした。
店の前にはタクシーの運転手が数人おり、僕を見るなり声をかけて来る。
「ヒヴァまでは80km近くあるし、タクシーに乗って行け。」と、言うのだが、
今もし乗っても変な時間に町に着くし、値段も高かったので断っていたら、
「ここからは道がややこしいから、途中まで先導するし後について来い。」
と、人の良さそうなおじさんが言ってきたので、先日の強盗格闘事件の
教訓もあり微妙な警戒心はあったものの、とりあえず後を追う事にした。
まずは『ヒヴァ』の30km手前の『ウルゲンチ』と、言う街を目指す。
僕の前をゆっくりと車が先導し、バックライトが赤く照らす夜道を走る。
夜道を走るのはこの旅で始めての経験であり、街灯など一切無く、
すれ違う車も滅多にいない暗がりの中を走る事が妙に楽しく感じた。
2時間近く走り、川沿いの電灯が照らす工事現場で車が停車し、
「向こう岸に見える警察の駐在所の明かりを目指してまっすぐ走って、
そのまま道なりに25km位進むと『ウルゲンチ』に着くよ。」
と、教えてくれたので、「わざわざありがとうございます。」
と、お礼をした後、今度は先導の無い真っ暗な道を走り出した。
「やはり世の中そんなに悪い人ばかりではないな。」と思いながら、
こんな深夜に現れた日本人チャリダーに付き合ってくれたおじさんに、
どこか心までも救われたような、変にうれしい気持ちになった。
その工事現場はアムダリヤ河に架ける橋を作っており、まだ未完成で
鉄板が水面ぎりぎりに敷かれているだけの架設橋を恐々渡る。
目が慣れ橋の上で自転車を停め一休憩すると、雲ひとつ無い夜空に
煌々と光る半月によって、辺りの景色がうっすらと浮かび上がってくる。
またアムダリヤ河は水鏡となり、その半月を逆さまに映し出し、
秋の澄んだ空気はクリアフィルターとなり、星は眩しいほどより輝く。
工事の機械が遠くで動く音を聞きながら、しばし橋の上に座り込んだ。
しかし、流れの先は人的環境破壊の象徴と言われる『アラル海』であり、
アムダリヤ河流域の様々な開発事業が『アラル海』を「死せる海」と、
呼ばせる原因のいくつかを作り出してしまっている現状を考える時、
幻想的な景色の中、急に現実に引き戻される様な複雑な心境になる。
アラル海は後に訪ねる予定でいるので、一時の別れを告げて再び走る。
自転車のライトは暗闇では無力に等しく、月明かりだけが頼りだった。
暗闇に浮かぶ世界は、黒の中に深いコバルトブルーが滲んでいて、
「深い海の底を泳ぐように走っている。」そんな錯覚に捕らわれながら
半月を見上げると、深海から遠く揺れる太陽を見上げているようだ。

深海の静寂の中、周囲の全ては皆眠りに落ちていて、
ペダルをこぐ度に回るチェーンの音以外何も聞こえない。
夜が作り出す世界は明らかに異界で、好奇心と緊張感が交じり合い
浮世離れした空気感が、より僕の気持ちを高揚させるのだった。
流れ星を20個程数え『ウルゲンチ』に到着。
こんな時間に誰が乗るのか分からないが、客待ちしているタクシーに
『ヒヴァ』までの道を聞き、小休憩の後更に先を目指す。
『ヒヴァ』まではトロリーバス(電線から電力を得て走るバス)が走っており、
トロリーバス用の電線を目印に、南西へ走る事2時間で『ヒヴァ』に到着。
時間は午前6時ちょうど。周囲はまだ暗く町を歩く人影も見当たらない。
『イチャン・カラ』の城壁を目の前に、しばらく変な達成感に浸っていると、
朝日が夜を押し上げる様に、東の地平線がうっすら明るく光りだし、
徐々に城壁のシルエットが濃く変化していった。

誰も人が見当たらず恐る恐る西門から中に入ると、『ヒヴァ』の象徴でもある、
青のタイルが張り巡らされた『カルタ・ミナル』と、言う大きな塔が目に入る。
その先には石畳が続き、高い2本のミナレット(塔)が朝日を背に立ち、
古い民家や神学校が肩を並べて東門まで続いている。
中世のイスラム世界がそのままに残っている『イチャン・カラ』の朝に
人は一人も外におらず、自転車を右手に押しながら町を歩く時、
町を独り占めした満足感と共に、全身でタイムスリップした感覚を得た。
歴代のハーン(王)は皆残忍で、特に『ヒヴァ』のハーンは残虐だったらしく、
恐怖によって統治された国のこの町で行われた残虐非道な拷問や処刑、
各地から浚われるなどして集められた人々が理不尽に鎖につながれ、
彼らを売り買いする奴隷貿易が盛んだった事をふと想像してしまうと、
静寂の町に立っている事が急に恐ろしくなり、さっさと目的の宿を目指した。
宿は『イチャン・カラ』内にある『イスラームベック』と、言うB&Bで、
屋上は展望台になっており、登ると町全体を見渡す事が出来る。
朝日を浴びる『イチャン・カラ』を眺めながら、ロングライドを思い返した。
『ヒヴァ』は本当に小さな街で、見所の全てが城壁の中にまとまっている為、
半日もあれば全てを見て回る事も可能だが、休養も兼ね2日の滞在とした。
体が冷え切ったせいか?町に今まだ残る念のせいか?頭痛が止まない。
そんな不思議で奇妙な感覚を僕の感性に訴えかける『ヒヴァ』の町は、
どこか歪んだ魅惑に満ちており、僕をこの場所に留めたのだった。







↑夜間走行はかなりスリリングでした。現在ウズベキスタン最西部にある
『カラカルパクスタン共和国』の首都『ヌクス』にいます。アラル海を目指し、
『ムイナク』と、言う村に行った時の記事は、また後日アップします。