『チョルスー』の旧市街は、宿から歩いてすぐのところに存在する。
『クカルダシュ・メドレセ』と、言う16世紀に建てられた大きな神学校の奥に、
昔からの賑わいをそのままに残す、チョルスーバザールが開かれている。

衣類や食べ物、雑貨などあらゆるものが集中するバザールは、
いつも大勢の人々で賑わい、あちこちで威勢の良い声が飛び交う。
特に土産物を買うわけでも、日用品を買うわけでもないのだが、
旧市街の魅力に惹かれ、ついふらふらと足を運んでしまうのであった。

人が多く集まる場所では、どうしても軽犯罪が多く発生するので、
特にスリには気を付けながら注意して歩かなくてはならない。
宿の主「カラマットアパ」からも、「鞄はしっかり胸で持てよ!」
と、警告され、「分かりました。」と、言うと、グーで左腕を殴られた。
そしてアパは何故かうれしそうに「ハラショー」と、言って笑っていた。

チョルスーバザール03

チョルスーバザール01

チョルスーバザール02
↑『クカルダシュ・メドレセ』昔は罪人や不貞を犯した女性を
この建物から投げ落としたりしたそうです。
チョルスーバザール08

チョルスーバザール06

チョルスーバザール05

チョルスーバザール07

チョルスーバザール04

チョルスーバザール10

チョルスーバザール09


「カラマットアパ」と、言う女性は本当に不思議な人だ。

ウズベキスタンでは、どの街に滞在するにしても「レギストラーチィア」
と、いう滞在登録をしなくてはならないのだが、普通は宿が代行する。
しかし『カラマットアパの家』は、旅人を受け入れる宿を営んでいるが、
実際ここは違法宿で、認可されていない為に滞在登録が出来ない。

滞在登録をしないまま警察に職務質問を受けると、罰金が課される。
運が良ければ何もなくすむのだが、心配な人は自ら役所で申請する。

それでも『旅行人』と、言う有名なガイドブックには記載されており、
各国のバックパッカーが次から次へと押し寄せてくる。
何度か捜査が入った事があったらしいが、その度どうにか切り抜ける。

宿と言うより、本当に「カラマットアパ」と、言うおばちゃんの家であり、
いつから始めたのかは不明だが、勝手に客を泊めて商売をしているのだ。

ウズベキスタンのマンションは間取りが広く、空いてる部屋を貸している。
最近は客が増えたせいか、近所の家も協力し別館が増えているようで、
僕がいるのは、通称『カラマットアパその1』と、呼ばれる別館で、
本館があるマンション隣の棟の一階左手の家にお世話になっている。

カラマットアパ03
↑カラマットアパその1とその2が入っている別館。ドアに2B。
カラマットアパ04
↑向かって左側の家にいます。右側はカラマットアパその2。


一泊10000スム(約1000円)で朝晩食事が付き、本当に人の家なので、
毎日掃除が行きとどき、トイレもシャワーもきれいで使い勝手も良い。
この値段はタシケントでは破格の安値で、食事は外で食べるよりおいしい、
ご飯が食べれてシャワーが浴びれるだけでも元が取れている様に思える。

カラマットアパ02

カラマットアパ01

カラマットアパはいつも民族衣装を身にまとい、昼は道で露店を開いている。
がらっぱちで、おばちゃん特有のどっしりとした体格に濃いまゆ墨。
決して愛想が良いわけではなく、一見すると他を寄せ付けない圧倒的な
威圧感を放つ彼女は、この界隈で知らぬ者はいない程の存在である。
違法宿の為、宿には看板があるわけでもなく、旅人はいつも迷うのだが、
近所で「カラマットアパ」と言うだけで、誰かが案内してくれる。

毎晩夕食を食べ終わる頃「マニーマニー(金、金)」と、宿泊費を取り立てに
各館を自ら回り、支払うと「ハラショー」と、満足げに低く頷き去ってゆく。

何があっても動じる事はないだろうとも思える程マイペースで、ミステリアス。
彼女の放つオーラは異質で、全てを包みこむ様な寛大な懐の深さすら感じる。
宿には旅人たちが残した情報ノートが何冊か置かれているのだが、
彼女の行動を観察し、その魅力に惹かれている記事もいくつかある。

今日もカラマットアパは露天に座り、宿を営み、内職でピクルスを作る。

口数も少なく、たまに微笑みどこか遠くで見守るように構えるカラマットアパ。
旧市街のマンション群に埋もれ、ひっそりと且つ手広く違法宿を営みながら、
その独特なオーラで、世界中の旅人達をかくまい続けるのだった。

カラマットアパ
↑うわさのカラマットアパ本人。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
↑今日は「日本センター」と、言うところに行きました。
日本語を学ぶウズベク人が大勢集まり、あちこちでレッスンが行われています。
彼らは勤勉で、僕も話し相手とされ日本の事をあれこれと聞かれたのでした。