カザフスタン南部を一週間で抜け、4カ国目のウズベキスタンへと入った。
シムケントから最も近い国境は、現在第三国人には開放しておらず、
南西へ60km以上迂回する必要があり、結局120km程余計に走った。
殺風景な程に広がる牧草が生い茂った緩やかな丘の真ん中に、
その景色を左右に分けながらアスファルトの道路が続いている。
キルギスでの寒さが嘘だったように、空気が暖かく変化するのを感じ、
延々とリピートするような同じ風景の中を、無心でペダルをこぎ続けた。
国境付近は閑散としており、トラックが数台いるものの込み合う様子はない。
ウズベキスタンの通貨『スム』へ、とりあえず100ドル分換金したのだが、
インフレが激しく、一枚の100ドル札がスムの札束となって返ってくる。
東南アジアの国でも同じような現象が起きるのだが、単位が大きすぎると
お金を使う感覚が麻痺してしまい、いつの間にか使いすぎている傾向がある。
そんな教訓を思い返し、札束を鞄にしまい国境を越える。
思いの他すんなりと通過。旅行く人からは悪評ばかりを聞いていたのだが、
職員からの賄賂請求もなく、スムーズでむしろ好印象を受ける対応だった。
カザフ側、ウズベキ側のイミグレーションをノートラブルで通過し、税関では、
所持金、貴重品などの申請を細かく書き、ついにウズベキスタンへ入国。
国境側の売店でコーラとナンを買い一息つき、道を聞いてから走り出す。

走り出すとすぐに、今までの中央アジアとは違った風景を目の当たりにする。
農村風景と言う面では同じなのだが、小麦色の牧草地帯ではなく、
深いえんじ色の綿花畑が道の両側を埋め尽くし遠くまで広がっていた。
綿花畑はカザフスタンを走っている時には目にしていない光景であった。


ウズベキスタンは旧ソ連時代に綿花栽培をするように指導され、
農地の大半を綿花畑に割り当てられた事で今日まで続いている。
生産効率は悪く、収入が見込めず手を引く農家が増え続け、現在では
規模が縮小したものの、未だに多くの綿花農園が経営を続けている。
現在でもトップクラスの生産量を誇るウズベキスタンの綿花栽培だが、
実は良い事ばかりではなく、今なお多くの問題を抱えているのであった。
農地の大半を綿花畑に割り当てた為に、その他の農作物を作れずに
食料自給率が著しく低下している事や、綿花の収穫時期(9月頃)には、
農家だけでなく学校を休学にしてまで収穫に人員を費やす。
政府の強制的な政策故に抗うことはできず、子供達は長い時には
2ヶ月以上も学校へ行かず、休みなく綿摘みをさせられるのだった。
さらに農薬を多量に含んだ畑で作業をするために、健康的な面でも
負担が大きく、多くの犠牲の元この綿花栽培は成り立ってきたのだ。
そんな事実が明るみに出る事で、ウズベキスタン綿の不買運動が起き、
ウズベキスタン政府へ抗議する為に、この動きが拡大しようとしている。
子供達への教育が阻害されている事も重大な問題ではあるのだが、
ほとんど報酬のない仕事を子供達に強要し、その利を得ているのは
モリノフ大統領一家であり、綿花輸出のライセンスを所有するのは、
事実として大統領一家が支配する3社の商社のみである。
綿花栽培がもたらす富が、一部の上層階級によって搾取されている。
不買運動もそんな現実へのアンチテーゼとしては有効かもしれないが、
農家から仕事を奪う行為でもあり、国の大半の農家が犠牲になる。
農薬を使わないオーガニックコットンが注目される今、感情にまかせ
不買運動を促進させるだけではなく、これら広大な農地を利用し
世界的にも有数のオーガニックコットン生産国へと導く事が重要であり、
前向きな発想、クリエイティブな活動ではないであろうか?
収穫間近の綿毛は、極めが細かく透き通るほどきれいだ。
夕日が沈みかけ、綿花畑を燃えるように更に紅く染め上げると、
その中にぽつぽつと浮かぶ綿花の白さが余計に浮きだつ。
見方を変えると、そんな真っ白く透き通った綿毛一つ一つが
それぞれに意識を持ち何か訴えかけている様に見えるのであった。

「旅を続けて色々な事を見て回る意味や価値はやっぱりあるな~。」
と、感じながらのんびりと景色を眺めシャッターを切っていたのだが、
時差の一時間を忘れ、いつの間にか暗くなり焦って再び走り出した。
夜遅くに街へ着いたのだが、自分がどこにいるのか見当もつかず、
何度も道を聞きながら、なんとなくふらふらと目的の宿へとたどり着く。
周辺国のビザ取得に時間がかかる為、『カラマット・アパの家』と、言う
なんとも不思議で魅惑の安宿を拠点に一週間ほど滞在する予定だ。
この宿の事についてはまた別で書こうと思う。
宿のおばちゃんや家族が夜遅くまで騒ぐ中に混じり、疲れを癒す暇もなく
ウォッカの洗礼を受け、『タシケント』滞在がスタートしたのであった。

↑タシケントは10月に入っても、日中は半袖で十分なほど暖かいです。
街自体はかなり広いので、警察に注意しゆっくりと回ってみようと思います。
シムケントから最も近い国境は、現在第三国人には開放しておらず、
南西へ60km以上迂回する必要があり、結局120km程余計に走った。
殺風景な程に広がる牧草が生い茂った緩やかな丘の真ん中に、
その景色を左右に分けながらアスファルトの道路が続いている。
キルギスでの寒さが嘘だったように、空気が暖かく変化するのを感じ、
延々とリピートするような同じ風景の中を、無心でペダルをこぎ続けた。
国境付近は閑散としており、トラックが数台いるものの込み合う様子はない。
ウズベキスタンの通貨『スム』へ、とりあえず100ドル分換金したのだが、
インフレが激しく、一枚の100ドル札がスムの札束となって返ってくる。
東南アジアの国でも同じような現象が起きるのだが、単位が大きすぎると
お金を使う感覚が麻痺してしまい、いつの間にか使いすぎている傾向がある。
そんな教訓を思い返し、札束を鞄にしまい国境を越える。
思いの他すんなりと通過。旅行く人からは悪評ばかりを聞いていたのだが、
職員からの賄賂請求もなく、スムーズでむしろ好印象を受ける対応だった。
カザフ側、ウズベキ側のイミグレーションをノートラブルで通過し、税関では、
所持金、貴重品などの申請を細かく書き、ついにウズベキスタンへ入国。
国境側の売店でコーラとナンを買い一息つき、道を聞いてから走り出す。

走り出すとすぐに、今までの中央アジアとは違った風景を目の当たりにする。
農村風景と言う面では同じなのだが、小麦色の牧草地帯ではなく、
深いえんじ色の綿花畑が道の両側を埋め尽くし遠くまで広がっていた。
綿花畑はカザフスタンを走っている時には目にしていない光景であった。


ウズベキスタンは旧ソ連時代に綿花栽培をするように指導され、
農地の大半を綿花畑に割り当てられた事で今日まで続いている。
生産効率は悪く、収入が見込めず手を引く農家が増え続け、現在では
規模が縮小したものの、未だに多くの綿花農園が経営を続けている。
現在でもトップクラスの生産量を誇るウズベキスタンの綿花栽培だが、
実は良い事ばかりではなく、今なお多くの問題を抱えているのであった。
農地の大半を綿花畑に割り当てた為に、その他の農作物を作れずに
食料自給率が著しく低下している事や、綿花の収穫時期(9月頃)には、
農家だけでなく学校を休学にしてまで収穫に人員を費やす。
政府の強制的な政策故に抗うことはできず、子供達は長い時には
2ヶ月以上も学校へ行かず、休みなく綿摘みをさせられるのだった。
さらに農薬を多量に含んだ畑で作業をするために、健康的な面でも
負担が大きく、多くの犠牲の元この綿花栽培は成り立ってきたのだ。
そんな事実が明るみに出る事で、ウズベキスタン綿の不買運動が起き、
ウズベキスタン政府へ抗議する為に、この動きが拡大しようとしている。
子供達への教育が阻害されている事も重大な問題ではあるのだが、
ほとんど報酬のない仕事を子供達に強要し、その利を得ているのは
モリノフ大統領一家であり、綿花輸出のライセンスを所有するのは、
事実として大統領一家が支配する3社の商社のみである。
綿花栽培がもたらす富が、一部の上層階級によって搾取されている。
不買運動もそんな現実へのアンチテーゼとしては有効かもしれないが、
農家から仕事を奪う行為でもあり、国の大半の農家が犠牲になる。
農薬を使わないオーガニックコットンが注目される今、感情にまかせ
不買運動を促進させるだけではなく、これら広大な農地を利用し
世界的にも有数のオーガニックコットン生産国へと導く事が重要であり、
前向きな発想、クリエイティブな活動ではないであろうか?
収穫間近の綿毛は、極めが細かく透き通るほどきれいだ。
夕日が沈みかけ、綿花畑を燃えるように更に紅く染め上げると、
その中にぽつぽつと浮かぶ綿花の白さが余計に浮きだつ。
見方を変えると、そんな真っ白く透き通った綿毛一つ一つが
それぞれに意識を持ち何か訴えかけている様に見えるのであった。

「旅を続けて色々な事を見て回る意味や価値はやっぱりあるな~。」
と、感じながらのんびりと景色を眺めシャッターを切っていたのだが、
時差の一時間を忘れ、いつの間にか暗くなり焦って再び走り出した。
夜遅くに街へ着いたのだが、自分がどこにいるのか見当もつかず、
何度も道を聞きながら、なんとなくふらふらと目的の宿へとたどり着く。
周辺国のビザ取得に時間がかかる為、『カラマット・アパの家』と、言う
なんとも不思議で魅惑の安宿を拠点に一週間ほど滞在する予定だ。
この宿の事についてはまた別で書こうと思う。
宿のおばちゃんや家族が夜遅くまで騒ぐ中に混じり、疲れを癒す暇もなく
ウォッカの洗礼を受け、『タシケント』滞在がスタートしたのであった。
↑タシケントは10月に入っても、日中は半袖で十分なほど暖かいです。
街自体はかなり広いので、警察に注意しゆっくりと回ってみようと思います。