昨晩は空に散らばる星を眺めながら、
久しぶりに2オンスのウィスキーをロックで飲んだ。
目の前には、その名前すら忘れかけていた「天の川」が、
真黒な空の中にうっすらとどこまでも長く流れるのが見える。
実家のある郡山では「七夕の日は必ず晴れない」
と、言ったジンクスがあった事を、ふと思い出したのだった。

もともと七夕は中国の節句の一つであり、
日本には奈良時代に伝わったとされている。
日本ではお祭りムードで盛り上がる事もあるが、
中国の一部では反日感情が高まる日でもあるようだ。
1932年7月7日に、日中戦争の引き金を引く事になった
「盧溝橋事件」が起った事があり、そのことに配慮して
中国に進出している日本企業なども、イベント事を控え
ちょっとした厳戒態勢でひっそりと過ごすように通達が出ている。
7月7日の夜に日本軍が盧溝橋(マルコ・ポーロ橋とも言う)で
演習を行っていると、どこからか数発の銃声が響き、
その直後に点呼をとった際に日本の2等兵1人が足りなかった。
一時間後には帰還したものの、
・伝令を伝えに行ったまま行方不明になった説、
・単に用をたしていた説がある。
この時の銃声はさて誰が撃ったのか?
「日本の陰謀説」「中国の陰謀説」………
両国の研究者たちがあらゆる角度から事件を検証したところで、
日本と中国との研究者では違った見解、違った解釈がされており、
現在ではその真理を知る事は不可能である。
現在の両国民が、この事件に関してどれほどの知識、
関心があるかは不明であり、街はオリンピックムードで包まれるが、
実際に事件を機に戦争が始まった事は揺るぎない事実であり、
目立った行動や言動を控えるなどの配慮は必要なのかもしれない。
今日は午前中に、敦煌市内から南へ6km程行った所にある
『鳴沙山』『月牙泉』と、言う所へ行ってきた。
ゴビ砂漠を見続けていた僕にとって、初めてみる砂の砂漠が
大きな山となって目の前に広がっていた。
(東西に40km、南北に20km、高さは250mにも達する。)
日中の敦煌は、とても外を観光できるような状態ではなく
昼過ぎから夕方にかけては宿やカフェでくつろぐしかない。
もうすぐ日も傾き始め、過ごしやすい時間が訪れる。
外は晴れており、今日も満点の星空の中に天の川が流れるだろう。
七夕の夜をひっそりと過ごそうと思った時、
河を隔てて出会う話が、違った話に聞こえてくるようだ。

↑門をくぐってすぐに砂山が広がっています。

↑ラクダに乗って砂漠を進む!

↑砂山をソリで滑ったのですが、そのスピードたるや
本当に止まれるのか不安になる程の超スピードでした。
しかしこの砂滑りには厄除けの効果があるようです!

↑砂山を歩くと想像以上に足をとられ、
蟻地獄にはまった感覚に襲われます。

↑『月牙泉』周囲を鳴沙山に囲まれていながら、
2000年前から水がわいており、泉が三日月の形をしていることから
『月牙泉』と、呼ばれるようになったとされている。
小さなオアシスの中には、仙人の為の寺院が建てられています。
1970年頃から敦煌の水位が10mも下がった影響を受け、
月牙泉の水位も徐々に減っていたのですが、2002年頃から中国政府と甘粛省で
泉の水を保つための対策を取り始め、5cm程水位が戻ったようです。