ふと思った…
自分の兄弟姉妹に障碍者がいると、親は障碍者の方を重点的に面倒を見てしまう事がある。
そうなると「障碍のない子」と言うのはいろいろな所で弊害が起きてしまうのではないだろうか?

事実、「貴女はお姉ちゃんだから1人で出来るでしょ?」と言われた6歳の姐さん…
それから親を頼る事はなかった。
その後、自分と同じ小学校へ弟が入り(これは親が教育委員会と掛け合って決めた事で、
弟の義務教育を総て「一般級」で育てたいと言う願いからだった)
その事で「お前の弟、変な奴」と自分の同級生から虐めに遭い、
それは中学に行くとさらにエスカレートすると言う生活…

当時、「このままじゃ生きジゴクになる」と虐めを苦に自殺した子がいて、
社会では「虐めによる自殺」が後を絶たない御時世…
今のように学校が「虐めはある」と認め謝罪をしたり、
「第三者委員会」なるものが出来たり、警察が介入すると言うことも無い。
姐さん自身も、自殺も考えたが出来る訳は無く、親に虐めの事実を言えば
「学校に行かなくて良い」と言われた毎日…
でもそうなると、親は私と弟の両方を見なければならない。
それを拒み、毎日学校に行った結果、姐さんには「思春期」も無ければ
「第2反抗期」も起こらないまま育ってしまった。

中学の事が遭って、高校は同じ中学の人が誰も行かない所へ行ったものの、
自分自身が他の子と違う…今で言う「空気の読めない子」と言われ、
気が付いた時には同級生と喧嘩をして、相手の子に包丁を突きつけられ
「俺が殺してやるから死んでくれ」と言われたこともある。
その事で5日間悩んで…リストカットをしてしまった。
親は、リストカットをした姐さんを見て驚き、怒った。
でも、それでリストカットが収まる事は無く、結果精神科への通院をする事になった。
そこから「うつ病」と「精神不安定型人格障碍」を発症…
精神安定剤を手放せる状態にはならなかった。

精神科へ通い始めてから、薬で落ち着いて、一時通院しない状態。
しかし、結婚をして子供が出来てから、育児ノイローゼに発展。
通院を再開して薬も飲み始めた。その頃には子供も2歳ぐらいだったと想う。
その後で自分の子供の成長する様子が明らかに他の子供と違う事に気が付いた。
転んでも泣かずに笑ってる。3歳になっても言葉を話さない。
話し始めたとたんに、駅のアナウンスを繰り替えす。
そして、知らない人に平然と話しかける。人見知りを知らない…
「もしかして…弟と同じ?」そう思って親に相談をした。
でも返ってきた返事は「この子は大丈夫だよ。弟なんて返事もしなかったもの」と…
確かに、声をかければ返事をする。でも、目を合わせる事も無い…
保育園に入ってから1ヶ月ぐらいしたある日、保育園の先生から言われた。
「お子さんは1分と椅子に座っていられません。他の事同じ事をしようとしないんです。
いちど、市の追加検診を受けていただけませんか?」
そう言われ追加検診を受け、その後大学病院で検査を受けた。

子供の検査結果は担当医師から淡々と告げられた。
「お母さん、ショックを受けないでくださいね。彼は『アスペルガー症候群』です」と。
姐さんには解っていたから「やっぱり、そうですか」と即答。
「別に気にしていないよ」と言う返事をした姐さんに看護婦さんの方がびっくりしていた。
「発達障碍」が在るからと言ってショックを受けると言う事が解らなかった。
きっと弟が「知的障碍者」であり、自分自身が介護福祉士の専門学校にいたせいか、
「情緒障碍者」も「知的障碍者」も「視覚障碍者」も「聴覚障碍者」も、
車椅子に乗った「身体障碍者」も『そういう人がいて当たり前』と言う考えしかなかった。

子供が小学校に入る時も、療育相談を受け、小学校では『支援級在籍』が決定した。
小学校に入ってから、もっと詳しい検査をした結果、
子供は「ADHD」と「アスペルガー症候群」をもつ「発達障碍児」だという事実が判明。
もう、総てを受け入れるしかない。そう思って覚悟を決めた。
そして、子供がやった知能テストの内容が好奇心から気になり、
自分の主治医に「子供と同じテストをしたい」そう言って受けたテストの結果…
姐さんも「アスペルガー症候群」であり「ADHD」である事実を知った。
親子で「発達障碍者」だという事実を突きつけられた。
つまり、高校時代の「空気が読めない子」から発生した
「うつ病」や「精神不安定型人格障碍」は、姐さんがもともと持っていた
「発達障碍」の「二次障碍」だという現実だった。
もう治る事は無い障碍…それも受け入れない得ればいけないというのも現実。
全部受け入れる覚悟をしなければならなかった。もちろん有無を言わず受け入れた。

だから、今…子供と姐さんは毎日を試行錯誤しながら生きている。
二人とも精神障害者手帳を取った。姐さんが手帳を取った事を自分の親に告げた時は、
泣きながらカミングアウトした。
その後、母親が一緒に姐さんの病院に来た時に、主治医が一言
「お子さん(姐さん)と今からでもいいので思春期をやり直してください」と…
でも、姐さんは自分の親を頼る術を知らない。
きっと「頼ってはいけない」と言う想いがまだ何処かに残っていて、
それで出来ないんだろうなと。
時々頼る事はあっても、それは「姐さんの本心」から頼ったことは無い。
もうすぐ40になるというのに…変な所に拘った結果…なんだろうなぁ。
でもこの「拘り」も「発達障碍」の特徴のひとつ。
だからと言ってこのままで良いとは想っていない。
少しづつでも親との確執を埋めないといけない。素直に親を頼れるようにならないと…

ただ1つ、親から譲り受けてしまった障碍、「色覚障碍」…
この事で、親を責めた事は今まで一度も無い。
だって、姐さんが見ている色の世界が「普通の色の世界」だとずっと想っていたから。
ちょっとぐらい他の人と違ってても良いと想ったのは事実…
でも、自分の子供には同じ想いをして欲しくなかった…
子供が遺伝子を引き継いでしまった以上、そこは負い目になる。
たださいわい、子供は「色覚障碍者」にはならなかった。
だから彼は、姐さんにとって「色の先生」になるのである。

こんな姐さんがいるんだから、大丈夫。
姐さんの事をみて、同じ様にならないで欲しい…
精神科に行く事も、変な事ではない。むしろ自分を知る良い機会になる。
色の見え方が普通の人と違うからといって、悪い事だけじゃない。
逆に芸術作品が出来上がる事がある。
だから、何も悩まなくて良いんだ…姐さんは何時もそう想っている。
そして、そんな姐さんの事を支えてくれる人がたくさんいる。
だから、何も怖くないよ。

姐さんでよければ、何時でも相談に乗るから…