実は過去に、今は亡き『池田貴族』氏に『霊に関する相談』をした事があり、
直接逢ってお話をした事実がある…

24年前のメールをプリントアウトしてスクラップしてあるのを引っ張り出した。
1998年11月5日14時に池田貴族氏と待ち合わせをして、逢っている事が判明。
その時から、姐さんの霊感は少しずつ強くなっていたのかもしれない。
さっきyoutubeの画像を見て思い出した。確かにあの時は霊症はあった。

池田貴族氏監修の『PsychoTour』のCDも聞くことを禁じられたままだったっけ…
だから、未だに聞く勇気がない。
聞いたときに、また身体に霊症が出たら…助けを求める術がないから。
だからと言って自分でどうにか出来るまで、霊能力が上がったとは言えないので、
「危険なものには近づかない」方針。

1998年当時の姐さんは、相方君と結婚をした後。
ある日買った「PsychoTour」というCDを聞いて、
1分と経たずに激しい頭痛と左腕の麻痺に驚いた…
このCD、実は「心霊スポットの音を集めて作ったCD」だったのだ…
どうしたらいいか?そう思った時に真っ先に浮かんだのは
「池田貴族心霊研究所」と言うサイトだった。縋る思いでメールをした。
「『PsychoTour』を聞いてから、身体に異変が起こった」そう池田氏にメールをした。

返事が返ってくる事は期待してなかった。しかしすぐに、池田氏ご本人から返事が来た
「貴女はあのCDに同調してしまう体質だから、2度と聴いてはいけない」と…
その時に今までの不可解な事も全部話した。
その結果、返信のメールには意外な言葉か返ってきた
「ちょっと、僕としては危険だと思うから、10月末に一度逢って話をしたい…」
確か池田氏はこの頃肝細胞がんの手術を終えて自宅療養をしていたはず…
でも、その言葉に救いを求めた。ただ、問題が発生。
10月末は、姐さんと相方君の結婚式を兼ねて北海道に行く事になっていた。
そのことを告げると、池田氏から不思議なメールが届いた
「北海道にいる期間と、どこへ行くのか、詳細なスケジュールを教えて欲しい」と…
一応スケジュールを教え11月に逢う事になった

自宅に帰ってから、もう一度連絡を取り『11月5日』にお逢いすることになった。
場所は目黒…「14時に目黒についたら、僕から連絡をして迎えにいく」
そう言われ、紺のBMWを待った。当日、待ち合わせ場所に池田氏は現れた。
そしてそのまま喫茶店でお話をする事に…
その時話したのは、「中学時代から『心霊貴族』を聴いていた事」、
「自分の周りでけが人が増えている事」、「自分自身が1年おきに大怪我をする事」、
「『PsychoTour』を聞くと身体に異変が起こる事」
…総てを話した。

池田氏に言われたのは
「北海道に行くって言ってたでしょ?北海道は開拓された場所だし、
アイヌ民族の神聖な場所でもあるから、どう言う所へ行くのか聞きたかった」
と。
姐さんの母方の実家が函館である事を話すと
「じゃあ…亡くなったお祖父さんが護ってくれたのか…」
その時、池田氏には「祖父はもう他界していない」と言う事を一言も教えていない。
驚いていると「1年おきに貴女が怪我をして、貴女の周りの人が怪我をするのは、
貴女が無意識のうちに復讐をしているからだ」
と言われた。
確かに姐さんに危害を加えた人が怪我をしているのも事実…

「貴女が知らないうちに『負のオーラ』を放っていて、それが復讐に繋がっている」
そういわれた愕然とした。
そして「今も持ってるでしょ?霊能力。でも、貴女はそれを消したくないと思っている。
この先、上手く付き合えるようにコントロールしなさい。貴女なら出来るからね」
と言われた。

そして…その1年後のクリスマスに池田氏はこの世を去った…
奇しくもその訃報を実家に帰るラジオで聞いたのだが、ラジオで訃報が流れた瞬間に、
姐さんは始めて子供の胎動を感じた。
「きっと何か意味がある」ずっとそう思ったのは事実。
今でも池田氏との約束は護っていて『PsychoTour』は封印したままになっている。

急に思い出したのも…きっと何か「虫の知らせ」みたいなものだろうか…
しばらくは気が抜けない。本当は池田氏のお墓にお礼参りに行きたいが、なかなか行けず…
ここの所、相方君の義父の墓参りにも行けていない…
その内行かなければ…。