昨日の夜、母親から電話があった。

「あのね、入曽のじいさん(父方の祖父)死んだんだって。」
それを聞いて、「あ、そう…」としか思えなかった。
「そうなんだ…式出た方がいい?」
「いいよ、来なくって。」
「じゃあ、香典出さないとだめでしょう?」
「それもあんたは出す必要ないから…母さんが用意したから何もしなくていいよ。」
「他の人に連絡は?」
「しなくていい。あんたが聞いて、それで終わりでいいよ」

こういうのには事情があった。
実は姐さんが小学校5年の時から、ある日突然、
父方の祖父母は家に一切連絡をしてこなくなった。
普通孫には「いつでも遊びにいらっしゃい」って言うのが祖父母だろうが…
家には何故か小5の時からそういう話が一切来なくなった。
そしてしばらくしたら…次男(父親の弟)から1通のお手紙が着ました。
「この度、次男と祖父母と一緒に住むことになりました」と…
ちなみに、家の父親、長男です。
その長男に相談無しに話が勝手に進み…気が付いたら
次男と祖父母は同居を始めていました。
(そのとき、姐さんは知らなかったのですが、
姐さんの両親と祖父母たちの間でトラブルがあったそうです)
そしてその時に祖父母は両親にこういったらしいのです。

「石倉の家を継ぐのは次男の子供でいい…」と。
初孫である姐さんと、知的障害を持った姐さんの弟に関しては
完全に無視された状態になりました。
そこから、殆ど音信不通状態です。
姐さんが中学校に入った時、姐さんは悟りました。
「姐さんの祖父母は、母方の祖父母だけ。
(当時生きていた)函館のばあちゃんしか生きていない」

こんな考えを中学校1年で悟ってしまいました。
(函館の祖父は姐さんが幼稚園の時に亡くなっていました)

この状態ですから、姐さんが高校を受験した事、専門学校に入学した事、
成人式を迎えた事、そして結婚した事、曾孫が出来た事を、彼らは知りません。

そして、今日、姐さんの両親は一応、葬儀に顔を出しました。
姐さんは母親の考えで、弟と連名で香典を出しています。
そのときに高円寺の祖母の兄弟は「○○ちゃん、元気?」と言ったそうです。
そして、祖母に対して「姉さんは○○ちゃんを昔よく可愛がってたよね。初孫だったもんね」
と言ったそうですが…祖母からは私はおろか、弟の名前も一切、出なかったそうです。
母親としては、かなり悔しかったのでしょう…
夜、酔った勢いで電話をしてきました。
「あんたのこと、1つも言わないの。『○○ちゃんはどうしたの?』とも聞かなかった」
母親はそれが悔しかったと…初孫の近況を全く聞かなかったと言うその事に。
弟のことは諦めていたそうです。
と言うのも弟は知的障碍児…もともと祖母は、弟の事を毛嫌いしていました。
なので、弟の事を聞かれると言う考えはなかったそうです。

できることなら姐さん、その葬儀会場に殴り込みに行きたかったのです…
今まで30年近く、姐さんの事を放って置かれた事に、姐さんは昔から腹が立っていました。
初孫なのに、家の両親と祖父母の間で問題があったのでしょうが、孫には関係ない…
でも、孫である姐さんには、何の音沙汰もなかったのです。
いっそ男物のスーツを着て、乗り込んで行きたかったほどです。
そして、親族の前ではっきりと言ってやりたかったのです。

「あんたたちは初孫の事も忘れてるし、祖父母の家系の影響で、姐さんは
色覚障害を持つことになった。葬式に来ないからって文句を言われる筋合いはないし、
今後も、もう縁を切りたい」
と…
母親はその想いを分かってくれていました。
でも、やっぱり母親はいろいろと納得できなかったようです。
なので、姐さんから母親に言いました。

「あのね…結局そこまでの人たちなんだよ。
祖父がなくなったって、喪主は次男なんでしょ?じゃあもういいじゃん。
第一貴方達(家の両親)は本籍移したんでしょ?その段階で、
高円寺の本籍から除籍したの。つまり、血縁関係はあっても、
戸籍上は外れたんだから、もういろいろ考える必要なんてないんだよ。
いいじゃん、余計な柵に巻き込まれなくたって済むんだから…
どうせ、父さんも遺産相続する気はないんでしょ?相続放棄の書類作って
向こうに送りつけてやっちゃえ!」
と…

祖父が何ヶ月も前から入院をしていたこと、亡くなった事も
一昨日、唯一連絡を取っている父親の妹が留守番電話に残していたそうです。
結局そこまでの人たちだったんです…

姐さんの父親は、姐さんに言います。
「自分の親が死んだからといって、喪中にする必要なんてどこにもねえから。
本当は、そんな親の葬儀にも出たくない」
ともう10年近く前から言ってました。
でも…結局は葬儀だけは出たそうです。親族席に座ったかどうかは知りません。

身内でもこんなに酷い扱いを受けている姐さんですから、
ますます「縁」は大事にしたいのです…