リンクつながらないところ、今度直します。
1635年の「アブラハムの燔祭(Sacrifice of Isaac) 」はエルミタージュ美術館。アルテ・ピナコテーク所蔵の「アブラハムの犠牲」が描かれた1637年は、ホントホルストがオラニエ公の宮廷画家となった年。デカルトの「方法叙説」、翌年にはガリレオの「新科学対話」が執筆した時代。
レンブラントはこの年、「キリスト受難」連作に関するハイヘンスあての書簡が書かれる。「キリスト昇天」完成。オラニエ公フレデリク・ヘンドリクの仲介の謝礼として、ハイヘンスに「目をつぶされるサムソン
」(シュテーデル美術研究所)を贈呈した。
連作キリストの受難伝(Passion Cycle)は、「キリスト昇架(The Raising of the Cross) 」、「十字架降下(The Deposition) 」、「キリストの埋葬(The Entombment) 」、「キリストの復活(The Resurrection) 」、「キリストの昇天(The Ascension)」の五作品。「キリスト昇架」、「十字架降下」の対画は、コンスタンティン・ハイエンスからの委嘱によってオラニエ公宮廷に納められ、残る三点は直接オラニエ公からの依頼のもの。
これは恐ろしさに放尿してしまっている・・・。その下には母親が探している姿も描かれている。この作品で恐怖への緊迫感よりも、ついコミカル的に鑑賞してしまう。このレンブラントの「ガニュメデスの誘拐」を思わせるような画中画が、ピーテル・デ・ホーホ(Pieter de Hooch)の「陽気な仲間」 である。
「ガニュメデスの誘拐」は物語のどんな場面を描いているのか一目瞭然だが、なかにはどの場面を描いているのかがわからない作品も多いらしい。
この作品は、レンブラントの弟子のひとり、サミュエル・ファン・ホーホストラーテンの「ピープ・ショー・ボックス(Peep Show Box)」 に描かれたクピド(キューピッド)もそうだと思う。
レンブラントは歴史画を第一にしていた。当時は古代、中世の史実も、ギリシャ・ローマ神話も、寓意画も、宗教画も、この名称で呼ばれていたらしく、「構想人物画」、「物語画」としたほうがよい作品があるとあった。確かに。
合奏の場面だ。足元には書物。召使のような女性、画中画、背景のカーテンなど、オランダの黄金期をむかえる時代の前例のような作品。
この作品はモノグラムで、レンブラントのRembrandt Harmensz からイニシャルを組み合わせして装飾品を選んで描いたらしい。ヴィオラ・ダ・ガンバ、ハープに手前に転がる楽器と書物。国立西洋美術館で2011年3月12日から6月12日のレンブラント 光の探求/闇の誘惑 —版画と絵画 天才が極めた明暗表現— で、この作品を鑑賞できる。
レンブラントの「瞑想の中の哲学者 (Philosopher in Meditation 1632)」は、ルーヴル美術館にあるが、これは寓意画なのだろうか。3人の人物がいる。机に向かうのが老人で哲学者とされているが。螺旋階段の上に一人、そして炉に火をともす女。
同じ所蔵先の「本を開く哲学者 (Philosopher With An Open Book 1625-27)」とはまるきり反対に描かれているが、人物は老人の哲学者。ポスターではレンブラントになっているが、これをレンブラントではなく、S・コニンクとしている記事があった。その作品は「瞑想する哲学者」になっていた。
この「瞑想の中の哲学者」の哲学者だけを模写した作者不詳の作品も多い。いま現在、ルーヴル美術館で検索しても、この二作品はでてこない。
「ラザロの復活(The Raising of Lazarus )」はロサンジェルス美術館。ハイド・コレクションには「キリストの肖像画(Portrait of Christ) 」、「貢の銭(The Tribute Money) 」はカナダのナショナル・ギャラリー。
ウォレスコレクションには「良きサマリア人(The Good Samaritan )」が2枚ある。1枚は版画。「エマオの晩餐」はルーヴル美術館。「ヨセフの夢」はベルリン国立美術館、「ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな)」は、バッキンガム宮王室コレクション、「目をつぶされるサムソン 」はシュテーデル美術研究所にある。
エルミタージュ美術館には1645年の「聖家族(Holy Family) 」、1635年の「アブラハムの燔祭(Sacrifice of Isaac) 」、1668年頃の「放蕩息子の帰還(Return of the Prodigal Son) 」、1665年頃の「アハシュエロスのもとを去るハマン(Haman Recognizes His Fate) 、「ダビデとヨナタン( David and Jonathan ,1642) 」などの作品がある。
先のアルテ・ピナコテークの「十字架降下 1634
」がキリスト受難の連作になる。ここエルミタージュには「聖家族1633-34」(記事下)もある。「イサクの犠牲(アブラハムの燔祭)」(記事↑)は、エルミタージュの作品とほとんど同じ。
トビトとアンナも何枚か描いている。「アンナと盲目のトビト Anna and the Blind Tobit
」(National Gallery, London)、「トビトとアンナ
」は、アムステルダム国立美術館。ここには「ユダヤの花嫁
」もある。
モローのアンドロメダはこちら ↓
アンドロメダとペルセウスのストーリーの絵画作品はこちら ↓
「ペルセウス」 エドワード・バーン=ジョーンズ Edward Burne-Jones
この「プロセルピナの略奪」はかなり大きくみてもらえる。車輪の下に赤い花がうっすらと描かれているのがわかると思う。このあたりはもうすこし鮮やかな深緑だった。女の略奪では「エウロペの略奪(The Abduction of Europa) 」がゲッティ美術館。
スザンナ 1647 マウリッツハイス
ワシントン・ナショナル・ギャラリーのルクレティアは、まさに命を絶とうとしているところで、ミネアポリス美術館のルクレティアは、その命が尽きようとしているところだ。手にしているのは呼び鈴なのか、生の終焉のための幕引きを暗示しているのか?
ベルシャザルの祝宴 1635年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー
バビロニア王ベルシャザルが見たものは滅亡と死の予告。バロック的傾向の頂点の作品。ヴェネチア派のベロネーゼのモチーフを取り入れているそうだ。
アムステルダムのアイレンブルフの家に寄萬。この制作が待ち受けていた。ルーベンスの「トマスの懐疑」、「貢の銭」を応用。歴史画家の名声と手にすると、膨大な肖像画制作をすることになってしまう。肖像画は弟子、下請けの画家が描いたものもレンブラントの署名になっていた。
弓隊、穹隊、火縄銃隊の三つが存在していたなかの火縄銃隊。中流以上の市民の市警団で、隊長、副隊長は上流階級が選ばれた。「傍らに並ぶほかの絵はトランプのようである。」と述べたのが、先のサミュエル・ファン・ホーホストラーテン である。「もっと光があればよい」とも述べている。
不評を買ったのは人物が公平に描かれていないほか、中央の不思議な女。上部と左端は展示制約から切断されている。
レンブラントの告発 名画「夜警」に隠された31の秘密というドキュメンタリーがあった。ピーター・グリーナウェーが31の事実から推理していくのだが、ここに描かれた英雄たちの不正、スキャンダル、殺人を告発している作品だという彼の作品の見方である。
自画像も多い
Self-portrait as a Young Man Virtual Uffizi
Rembrandt Harmensz van Rijn 1652 Kunsthistorisches Museum, Vienna
Self-Portrait, 1659
National Gallery of Art, Washington, DC
Self-Portrait in a Black Cap
The Wallace Collection, London
Self-portrait as an Old Man Virtual Uffizi
Self-Portrait Frick Collection
レンブラントが描いた肖像画
肖像画にはレンブラントの最初の妻サスキア、息子、そして最後のパートナーのヘンドリッキュも多く登場する。
ルーヴル美術館には「ベルベットのベレー帽のヘンドリッキュ・ストッヘルズ(Portrait of Hendrickje Stoffels with a Velvet Beret )」も所蔵されている。エルミタージュ美術館の1645年の「聖家族(Holy Family) 天使のいる家族」はこのヘンドリッキュがモデルともいわれている。ロンドン・ナショナル・ギャラリーには、「水浴する女(水浴するヘンドリッキュ) 」、スコットランドの「ベッドの女 」などがある。
それでは、後半のパートナーだったヘンドリッキュから、前半の伴侶サスキアへ。
結婚当初のサスキアを描いたフローラ。まだ若々しい、初々しい。サスキアかサスキアではないともいわれているいくつかの肖像画もあるが、フローラにしても肖像画の面影はある。
サスキアはフェルメールの「赤い帽子の女」にもみられるように、のちの風俗画にも倣われる肖像画がいくつかある。そこで引用されている画像はカッセル州立美術館のもの。
アルテ・マイスター絵画館(カッセル)にある「豪華な衣装のサスキア」(Saskia in Pompous Dress)ともタイトルがある赤い帽子、横顔のサスキア。この作品、日本にも来たけれど、全然記憶にない。
ヘッセン=カッセル方伯ウィルヘルム9世により18世紀末に建造されたウィルヘルムスヘーエ城にアルテマイスター絵画館(Gemaldegalerie ALte Meister )がある。カッセル州立美術館所蔵といあるのはアルテマイスター絵画館をさしているのだろう。ご存知のようにアルテは古典を意味し、ここには近代絵画のノイエ・マイスター絵画館もある。
よって所蔵先はカッセル州立美術館ではなく、アルテ・マイスター絵画館(カッセル)としているので。
こんな画像を発見。
直訳 「サスキアの肖像画」
left:Saskia von Uylenburgh im Profil wikiにあった画像
実際の美術館サイトで公表している作品はその隣のもの。
邦題 「横顔のサスキア」 直訳では「赤い帽子のサスキア」になっていた。
center:Saskia van Uylenburg in a Red Hat c. 1633-1642 Staatliche Museen, Kassel
こちらがカッセル州立美術館 で紹介されているサスキアの肖像画
直訳 「花を持つサスキア」
right:Saskia with a Flower 1641 Gemäldegalerie Alte Meister(カッセル アルテ・マイスター絵画館)
「フェルメール 赤い帽子の女 フルートを持つ女 」で取り上げていた「フルートを持つ女」は、別の画家の作品を引用していたが、同じレンブラントのこの額縁の中の少女にも作例としていたのかもしれない。
ポーランドの至宝展で、「机の前の学者」?も展示されていた。
サミュエル・ファン・ホーホストラーテン の「戸口に立つ女」は、このモチーフを取り入れたのだろう。
同じ少女がモデルの左側。同じものだと思ったら、スカートのベルトが少々違うようだ。同じ1641年の作品。この二作品は別タイトルが「ユダヤの花嫁」だということを知った。
アムステルダム国立美術館の「ユダヤの花嫁 」は、イサクとリベカという別タイトルがある。肖像画ではなく、歴史画で、旧約聖書のイサクとリベカの抱擁を表したもので、別タイトルはのちにつけられた。美しい妻リベカを妹として暮らしていたイサク。この額縁の少女は案外リベカかも。
フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」はレンブラントの作品とされていた時期がある。そしてこの作品には、カーテンの作例としてレンブラントの「聖家族(カーテンが掛けられた聖家族)」が、よく引用されている。
絵画作品の埃よけカーテンとしてトロンプ・ルイユ(Trompe-l'œil、騙し絵)的な要素もあるのかもしれないけれど、何かの解説には世俗的を意味するカーテンを象徴し、鑑賞者側にはカーテンの奥の聖家族をキリスト教原理主義として描いているという。世俗と天上という区別なのだろうか。
レンブラントの「劇的な再評価」は18世紀らしい。ロマン主義からは先駆者、共和主義者には民衆より、印象派では光の画家、象徴派にとっては内面世界の探求者、プロテスタントにとってはカルヴァン派最大の功労者となっている。ただしモデルの宗教にはほとんどこだわらす、応じている。
レンブラントの版画
Bibliotheque Nationale de France
1630年代には肖像画の注文も少なくなり、サスキアも亡くなって、レンブラントの価値観は変わる。そしてエッチング(腐食銅版画)に取り組みはじめた。「百フルデン版画」をはじめ、無比の名声を国外まで轟かせたという。
第1エステートのエッケ・ホモ(民衆に晒されるキリスト)になる。スコットランド・ナショナル・ギャラリーや大英博物館などに所蔵されている。
同じ原版の版画でも何種類ものステート(版)があり、1650年代中期の「エッケ・ホモ」、「三本の十字架」は、前代未聞という抜本的修正が行われた。エッケ・ホモでは第4ステートで見物人たちが除去される。第7エステートと第8エステートはほとんど変わらない感じ。第7エステートはシカゴ美術研究所などに所蔵。
三本の十字架(二人の盗賊と十字架に架けられたキリスト)の第3ステートはマタイ福音書の二十七章で、イエスが叫び声をあげ息絶えたとき、天変地異が起こり、兵士たちが「神の子だったのだ」と悟る場面。
第4ステートでは、死の直前の場面に変更され、「エリ エリ レマ サバクタニ」(わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか。」と叫ぶ瞬間で、右側の十字架の盗賊の姿はほとんど見えていない。
この作品もレンブラントハイス、大英博物館などにもある。
「百グルデン版画(百フルデン版画)」の通称の由来は、レンブラントがたった1枚の刷りを競売で買い戻すのに百グルデン版画(百フルデン)の大金を投じなくてはならなかったことによるらしい。マタイ福音書19章で語られる挿話が全部まとめて同時に描かれている。
なぜ、いくつもの物語が収められているものに「病人たちを癒すキリスト(百グルデン版画)」と国立西洋美術館ではタイトルをつけている。
この作品は第1ステート、第2ステートはほとんど変わらない。
ここでは子に祝福を授けるイエスと祝福を受けている親子。この背後にも同じように祝福を受けようとする親子たちが描かれている。
祝福を受ける親子の横で、顔の半分に手をかけ思案している青年は、「永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをしたらよいのでしょうか。」と問う。「殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証をしてはならない。」、そして「父と母を敬え。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」とキリスト。
さらに「貧しい人たちに施しなさい。あなたは天に宝を積むことになる。そのうえで、わたしについて来なさい。」とキリストは言う。この青年は多くの財産を持っている。彼はこのあと断念してこの場を去る。
左上にはバリサイ派の長老たち。イエスを陥れようと策略を練っている。「妻との離婚は律法にかなうか、モーセは、妻を出す場合には離縁状を渡せ、と定めた」とキリストへ難題を持ちかけるところだ。













































