◆喫煙と限界状況 | 小鳥のしあわせ大使館

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人目を気にする毎日の高校生活で貴幸は、だんだんと「感じる」ことができなくなってきてきた。


好きな音楽を聴いていても、以前のように楽しめない。

友人といても、何かいつも心に引っかかっているようで、楽しめない。


「どうしたら、人目を気にすることが、なくなるだろう・・・」

当時は、それだけが自分の課題だと信じて疑わなかった。


「人目を気にすることがなくなりさえすれば、いろんなことがうまくいくのに」そう考えていた。



そんなある日、アルバイトまで時間があったので、公園でバイクの免許の教習本を読んでいる時、

見回りに来た先生に、タバコをすっているところを見つかってしまった。


もちろん停学。


しかも運の悪いことに、1週間の自宅謹慎の後に、またもや見回りの先生にタバコを見つかってしまい、

2度目の停学を食らってしまう。


先生に学校まで引っ張って行かれ、担任と話をしたときは、さすがに情けなかった。

その時に初めて、人から見られている気がしてつらいことを打ち明けた。


今まで誰にも話すことができなかった。

話すうちに、いつの間にか泣いていた。

自分でも、どうしたらいいかわからない。

自意識過剰なのはわかっている。

けど、じゃあどうしたらこの苦しみが消えるんだ?


俺が怠けすぎなのか?

結局は俺が悪いのか?

努力はしてるじゃないか!

今までに内に秘めていた感情があふれ出し、いつの間にか、子供のように号泣していた。


まあ、こうして泣いたところで情状酌量があるわけではもちろんなかった。

今度は自宅謹慎ではなく、学校の特別室に通って、1ヶ月、勉強しながら毎日学校の先生達と面談をしなくてはならないという苦行が待っていた。


一回目の停学の時は、タバコの悪影響についての反省文を先生方に大絶賛され、そのおかげで早めに停学を解除してもらえたが、今度はそうは行かない・・・。彼に対しては特に何の興味も持たない教師との、ただ型どおりの面談やら、説教やらを毎日こなした。


その中で一人だけ、変わった先生がいた。

面談の時間、入ってくるなり、「いや~前の反省文よかったよ!」と、言いつつ、一枚の小さな紙を彼に手渡した。


その紙には「ヤスパースの限界状況」と題された短い文章が書いてあった。

「これを読んでどうおもうか、意見を聞かせてほしい」

そう言って、簡単に会話をした後、出て行ってしまった。


たぶん、哲学者の名前だろうと思ったが、その文章が何を意味しているのかは、ちんぷんかんぷんだった。

そして、いくら考えてみても、全く理解できなかった。


停学があけた後、その先生から一冊、本を渡された。

社会心理学者エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」という本だった。


ナチスに従ってしまうドイツ市民の精神を分析した、面白い本だった。

内容が難しくて、初めて辞書を引きながら読んだが、この本の内容は今でも彼に影響をあたえている気がする。


「自由と向き合って、決して自由から、逃げない」自分の理想が初めて見えたような、思いだった。


そのときはわからなかったが、今では心から、その先生に感謝している。


停学は終わった。

それでも、まだ自分が何をしたいのか、よくわからない。


結局はまた迷いながら、日常に流されていった・・・。