またまたsoraっていう方のポストをリブログしてる。ホント、この人の文章良いなぁって思う。読みやすいってだけでなく、自分がNちゃんとの歓迎考える材料や視点を提供してくれてる。
今回のこのブログ主の文章読んで思ったのは、オトコとオンナ、気やカラダが合って付き合ったり、「セク友(セックス友だちってこと。私は「セフレ」って言いません)」してるはずなのに、思ったり感じてることは全然違うってこと。この文章読んでると、女性の色恋は、たとえそれがいわゆる「不倫」であっても、とってもメンタルなものだということ。それとか、自分が疲れてたり元気が無い時にこそ会いたいと言ってくれる男性と一緒に居たいという下りは「コレは男ではありえないなぁ」って感じる部分だった。
ワタシがNちゃんに求めてるのは、やっぱりカノジョの「メスとしての若さ」だ。若い女の可愛さ、ピチピチ感、未熟ゆえの愛らしさにほだされている。そういう彼女のメンタルに関心を持ったり入り込んだりすることはあるが、何よりも先立つのは若い女としての肉感の良さ・ルックスの良さであり、その逆は無い。彼女の話したことには確かに興味あるし覚えているが、それは「若い女と繋がっていたい」ゆえの知恵がなせる技だ。ワタシがカノジョを思い起こす時は、プリンプリンのヒップを撫でたり舐めたりしている時のことであり、彼女の乳首を加えている時の触感であり、Nちゃんの中に「入った時」の包まれ感なのだ。どれも動物的な喜びに繋がるような事ばかりで、彼女がほんとうに自分を必要としてくれているかなんてカンケー無い。要は若くてカワイイ女のが「ヤラしてくれたら」文句は無いのだ。自分でも自分のことを「幼稚で単純で救いようの無いクソ」だと思う。でも、その「クソ」とご飯食べてくれたり、カラダを自由にまさぐらせてくれるNちゃんに心から感謝してる。「あなたのような若さと美しさを持った人がなぜワタシなんかと」って思ってる。もちろん、60過ぎのジジイとそういうことをしてくれる女の子と巡り合わせてくれた神様にも感謝しないといけないけど。