明治時代末期に活躍した自然主義の作家田山花袋(タヤマカタイ)のことを書いたポストを読んだ。これに先んじて新聞の書評欄で田山花袋など日本の自然主義文学を再評価している本が紹介されてて「少女病」という言葉を知った。「知った」と言ってもマンマなので、特別なテクニカルタームには見えない。
そうか、オヂが少女に溺れるのは昔からある事で何も変わってないのだ。考えて見りゃワタシも最初から年の離れた女の子がスキってことは無かったと思う。そういう趣味に走り出したのはやっぱり40過ぎて「初老」というオトコの夕暮れの域に踏み出してからだと思う。具体的に覚えているのは44歳くらいの時、長距離バスで女子大生が隣りの席に座った時、言いしれない気持ちよさと喜びを感じた。別にその女の子が特別なフレグランスを使ってたわけでもないのだが、確かにあの時のワタシはその女子大生の放つフェロモンを終始嗅いでいたと思う。ただ座っているだけなのにイキそうになった(マサカと思うけど)。でも、確かにこの時「若い子ってイイ!」って思った。若い女の子の出すオーラに触れることが快感になることを自覚した。さらにこの頃になると、嬉しい事にその「若い女の子」にカマってもらえるようになるのだ。歳を重ねて「クタびれて」るんだけど、そういう年の離れたオトコを好んでくれる若い女の子が少なからず存在するのだ。それでワタシも若い女の子と話したりゴハン食べたりする機会を得るようになり、自ら進んで彼女らの「都合のいいオジサン」になった。もちろんゴハンはワタシの奢りだ。
20歳すぎの女の子って「妊娠したい」っていう潜在的な動物願望があって、その嗅覚から既に子どもを持った年上のオトコに接近したりアプローチしたりするんじゃないかと勝手に仮説を立てたりした。自分も若くて「女の子」と同じ歳の時には、なんか足元見られれて自分の薄っぺらさを見透かされてるみたいで怖かった。でも、自分が40超えて暗いからはそんな事感じなくなった。ワタシの中身はその時とはさして変わりばえしていないのだが、仕事に就いて、結婚したり子どもを持ったりっていう経験が彼女らの何らかの信用を勝ち取るものを与えてくれたのかもしれない。若い女の子って「経験豊かなヒト」がスキって、そーゆーふうにかなり動物的なもの・直感的なものかもしれない。一つのメスとツガイになり子どもももうけたって事が彼女らの信用の土台になってるんだろう。私が大学の時(つまり40年以上前)にも周りに既婚者のオトコと学生や大学出たばかりの女の子が不倫(当時はそんなコトバで言ってたっけ?)してるハナシはちょくちょくあったから、若いメスの不変の嗜好なのかもしれない。知らんけど。