あのちゃんの初めての書き下ろしエッセイ『哲学なんていらない哲学』を読みました。単に自分の推しが書いた本だから…と気軽に読み始めたのですが、気づいたらページの何箇所にも傍線を引きながら一気に読破していました。これまでもメディアを通してのあのちゃんの言動からは、しっかりとした人生観が感じられました。そして今回この本を読んで、その壮絶な生きざまから生まれたあのちゃんの人生の覚悟を見せつけられた気がしました。
・すべての人類が自分のままで生きていい
・裏でキモいことして表でいい顔してもらう間違いだらけの優勝トロフィーを壊したい
・今まで世の中であり得なかったことをあり得るに変えることで多くの人を生きやすくしたい
・学校など狭い同調圧力の空間では、周りと同じリズムで呼吸しないと排除される
・嬉しいことがあっても浸らないよう喜ばないよう感情を制御してきたから喜び方すらわからない
・「みんな違ってみんないい」と言いながら世の中は他人の個性を受け止めきれていない
・周りと違う自分を受け入れるには、強さ、努力、覚悟、才能がいる
・「あなたらしくない」は誰かの理想の「あなた」
・他人にわからないものはわからないから「わかってほしい」という期待は裏切られる
・お前はこうしろという命令に怯まず自分を貫くには芯の強さと孤独に耐える強さが求められる
・誰かの「普通」でいれば周りから浮かないし批判されないし嫌われないがそれはいつも苦痛
あのちゃんはかつてあまりの生きづらさに押し潰されそうになった時、自分の美学を捨てて流される道を選んだことがありました。でもその時、流されている自分にがっかりしたと同時に、深い深淵の奥底から何者かがジーっと自分を覗きこんでいるような気がしたと言います。流された方が楽というのは覚悟が生半可なだけだと分かったあのちゃんは、自分の美学を無視した自分と生きる方が辛かったのです。
あのちゃんは続けます…
・自分の悩みや煩悶は他人の物差しでは測れないのだから、誰もが堂々と煩悶を持てばいい
・スルースキルは自分の感情を無視する行為でその小さな感情を無視し続けると命取りになる
・相手にとって都合のいい人間になるのではなく自分に嘘をつかずに死にたい
・止まっているように見えても実はジリジリ進んでいるから焦らなくていい
・死を考えるほど押しつぶされそうな時には課題からではなく死から逃げればいい
・闇から逃げるのは光に立ち向かっているということなのだから
・他人に嫌われるより自分に嫌われたくない
・他人がいう絶対なんてない でも絶対的な何かをずっと求めている 絶対は絶対にある
・極論正解なんてない 誰かのシナリオやヴィジョン通りやるならAIで充分
・人間なら失敗を成功に、間違いを正解に変え、失敗を存在させないことだってできるんだ
あのちゃんが子供のころにできなかったことや今でも苦手なことは、私自身にも重なる部分が多いと感じました。私ならこれまで見て見ぬ振りをしたり目を逸らしてきたことにも、あのちゃんはしっかりと向き合い、突き詰めながら生きてきたことがよく分かりました。自身の心の深い深淵ととことん対峙し対話してきたあのちゃんは、自分の弱点や傷も含めて自分を愛し、強く正々堂々と生きてきたのです。
心の奥底まで徹底的に入っていけるあのちゃんは、他人が書いた哲学書や自己啓発本など読まずとも、自分の気づきや体験を哲学に昇華できるのです。心の声を信じ、身をもって誰よりも強い生き方を実践してきたそんなあのちゃんだからこそ、世間の誰も知らなかった「地下アイドル」がお茶の間の誰もが知る存在となり、渋谷のスクランブル交差点を自分の顔の広告でジャックし、日経トレンディの「今年の顔」に選ばれるという激動の変化も、何食わぬ顔で「全て必然」と受け止められました。
そして、さらに続けます…
・「限られた人にしかできない」という人は、限られた人になるための圧倒的な努力や誠実さや芯の強さや覚悟や愛が足りないにすぎない
・だから本当は誰でも「限られた人」になれる
・努力は結果を裏切ることもあるが、決して自分だけは裏切らない
・歩んできた道は失敗でも間違いでもない その積み重ねがいつも這い上がるパワーになる
・積み重ねが大事なのだから〝今〟が一番大事で〝今〟を生きたもん勝ち
・本当の自由は不自由の中にある
・社会はどこに行っても椅子取りゲーム ならば自分の椅子を置いて座ればいい
・理由に大きさや重さなんてない 人の感情は論理的な正当性や誰かの哲学では測れない
・だから生きることに理由なんていらない 生きた証の答え合わせも、それに収まる人生もそもそもいらない
あのちゃんは「復讐」「呪い」という言葉を使います。そんなあのちゃんに多くの人は「復讐なんてやめたほうがいい」と助言します。でもあのちゃんの言う復讐とは多くの人が考える単なる仕返しや、一般的な常識の範疇に収まる復讐とは違うのです。あのちゃんの復讐とは人を傷つけず、相手を陥れたり蹴落とさず、ズルせず自分を信じ、あきらめず実力で這い上がるだけというもの。根本的な言葉の概念が我々のそれを超えているのです。
次第に、あのちゃんの哲学が見えてきました…
・どん底に落ちたとき、そこからが「魂」の見せどころ
・見た目や肩書きではなく、ただの人間として立ち尽くした時、どれだけ中身が詰まっているか、魂が宿っているかが重要
・必要なのは地位や名誉よりも人への愛と魂
・言葉や基準では測れないのが人生であり煌めき
誰かのまぼろしに支配された人から一度かけられた呪いの傷や汚れはなかったことにはできない。それは漂白したり修復できるものではなく、その上から自分に相応しい新しい呪いをかけて上書きしアップデートさせるもの。過去に受けた批判や無理解やイジメも含めて自分を形づくる一部とし、傷も汚れも全部抱きしめて生きていく…
私にはあのちゃんの生きていく姿勢が、十字架の上で絶命する間際に、自分を十字架に追い詰めたファリサイ人たちに向かって『父よ彼らをお赦しください。彼らは何をしているのかわからないのです』と言い放ったイエスの姿と重なります。あのちゃんにとっての「復讐」とは、ファリサイ人たちのように自分が何をしているのか分からないような人たちに、誰もが自分らしくあることの大切さ、すべての人々に心の自由や普遍の愛を説くことだったのではないでしょうか。
お仕着せの既成概念、世間の常識、社会通念…そんな不自由なまぼろしを解き放ち、真の自由を解放する新しい呪いをかける。来年発売される『ano 日本武道館公演〜呪いをかけてまぼろしをといて』ライブBlu-rayで、あのちゃんの哲学をあらためて見極めたいと思います。私は9月の武道館公演以降『哲学なんていらない哲学』の出版記念イベントも、初のホールツアーライブチケットも落選の連続でしたが、来年もあのちゃんがお茶の間の老若男女多くの人たちの前で活躍する姿を変わらず応援したいと思います。
イエスが身を挺して示した愛が、死後2000年経っても変わらずこの地球上の多くの人々を救っているように、あのちゃんの復讐はこれからきっと多くの人たちの光となることでしょう゚・:,。☆
↑Rememberのブログポッドキャスト📻













