【第五章】ダビデとその息子ソロモン王の物語
「約束の地」カナンには、アモリ人、ヘト人、ペリジ人、ヒビ人、エビス人など様々な民族が先住民として住んでいました。中でもアモリ人はメソポタミア(シュメール、バビロニア)で大きな勢力を持つ民族で、ハムラビ法典で有名なバビロン王朝もアモリ人の系統です。カナンの民の信仰の中心は嵐と豊穣のバール神(ギリシア神話のゼウス)や、バールに寄り添うアシェラ(阿修羅)も信仰するなど多神教。唯一神のイスラエルとは激しく対立しますが、バールの上に鎮座するエル(エロヒム)という最高神は、実はユダヤ教の神に繋がる同一神でした。
The Promised Land, Canaan
カナンを目前にモーセが送り出した偵察隊が怯えた声で「あの地には恐ろしい巨人が住んでいる!我々などイナゴ同然だ」と報告すると民たちはおじけづき「エジプトに帰ったほうがマシだ!」と神の起こした幾多の奇跡を忘れたかのように叫びました。尻込みする民たちに激怒した神は「私を信じなかった罰としてこの世代の者はもう一人として約束の地を踏ませない」民たちはカナンを目の前に40年間も荒野を彷徨い続けました。さらにあの偉大な指導者モーセさえも、過ちを犯します。「岩に命じて水を出せ」という神の言葉に対し、不満ばかり言う民への苛立ちから持っていた杖で岩を叩いてしまった。ほんのわずかな不服従により神は「お前も約束の地には入れない」と宣告。命がけで民を導いてきたモーセは、山頂から遙かに広がる景色をただ見つめながら、神がアブラハム、ヤコブ、イサクに与えると誓った約束の地に一歩も立ち入ることは許されずその生涯を終えたのでした。
Giants In the Land of Canaan
世代が代わり、モーセの後継者ヨシュアが民を率いて立ち上がります。難攻不落の町「エリコ」を前にした時、神は前代未聞の奇跡を起こします。「契約の箱」を担いでただ静かに城壁の周りを練り歩き、ラッパを吹けと言うのです。そして7日目、民が一斉に勝ち鬨をあげると、武器を一切使うことなく分厚い城壁はことごとく崩れ落ちました。 しかし、そんなヨシュアも当時サレム(=平安)と呼ばれたカナンの要塞「エルサレム(エビス人の街)」だけは落とすことができませんでした。こうしてイスラエル人とエビス人の共存状態が続きます。
Joshua and the Fall of Jericho
ヨシュアの死後、各部族ともリーダー不在の混乱期に入り、民を束ねるリーダーがいなくなったイスラエルは、平和になるとすぐに現地の農耕神バール信仰へと流されます。神はそんな時には「士師」と呼ばれる覚者を選び出し、何度も民を自らの信仰に立ち返らせました。そんな中でリーダーシップを発揮する強い王を求める民意により、十二支族の中で一番小さなベニヤミン部族から、イスラエル初代の王サウルが誕生します。しかし、彼は次第に高慢になり神を無視するようになりました。失望した神は予言者サムエルに命じ、新しい王を探させます。サムエルが訪れたのはベツレヘムのイサイの家。しかし、立派な兄弟7人がいずれも神にNGと判定された後、家族からさえ「あいつは野原で羊の番でもさせておけばいい」と候補から外されていた末っ子ダビデが呼び出されました。神は「人は外見を見るが、わたしは心を見る」とダビデを次の王に任命しました。
The Book of Judges – The Rise of David
この羊飼いの少年ダビデが一夜にして英雄となったのが、宿敵ペリシテ軍の身長3mの巨人ゴリアテとの決闘。重い鎧も剣も断り、手に持ったのは「石投げ紐」と川の石だけ。「お前は剣で来るが、僕は神の名のもとに立ち向かう!」ダビデが放った一石はゴリアテの額に深々とめり込み、巨人は一撃で倒されたのでした。ダビデは一夜にして英雄となり、その人気に嫉妬したサウルの追殺もかわし、サウルの死後はイスラエルの王となります。そして、あの難攻不落のエルサレムの抜け道を見破り陥落に成功します。そこにモーセの代から受け継いだ「契約の箱」を運び込みイスラエルの都としました。神はダビデに「お前の家と王座は永遠に続く」と告げました。この「永遠の王座の約束」は「救世主(メシア)の到来」という信仰の柱へと繋がります。そして、後の時代に「イエス」の到来をもって救世主とするキリスト教と「メシアはまだ現れていない」とするユダヤ教の教義の違いに分化することになるのです。
David and Goliath
ダビデの息子ソロモンは、神から「欲しいものを何でも一つ与えよう」と言われ「民を正しく治める知恵をください」と答えたことにより、絶大な知恵と富を授かり歴史的な賢君となりました。赤ん坊を巡って争う二人の母親に「赤ちゃんを二つに切り分けよ」と命ずるソロモンの名裁きは有名です。そんな賢君ソロモンの評判を聞きつけたシバの女王は、遥々アフリカのエチオピア方面からやって来てソロモンに難問を突きつけます。しかし、それらをいとも簡単に解決したソロモンの知恵に驚愕したシバの女王は、大量の黄金や香料を贈り物として捧げました。ソロモンとシバの女王の間の子メネリクが、後の時代のエチオピア皇帝の祖となるのです。ソロモンは古代の航海術とモノ創りに長けたフェニキア人の職人ヒラム・アビフを招き、父ダビデが果たせなかった悲願である至高の「第一神殿(ソロモン神殿)」を完成させました。そしてそこに、父の願いどおり契約の箱を安置しました。
King Solomon and the Queen of Sheba
こうしてソロモン王の時代にイスラエル王国は栄華の絶頂を迎えます。エルサレムには壮麗な神殿が聳え、国は富み栄えました。かつて、神がアブラハムと交わした約束がここに成就されたのです。しかし、そんなソロモンも晩年に痛恨の過ちを犯します。外交のために諸国の王女たちを娶るうち、同盟国との関係を重んじる余り彼女たちが連れてきた異国の神々の祭壇を容認してしまいました。唯一神の誓いを破ってしまったソロモンは、その死後になって報いを受けます。跡を継いだ息子レハブアムの重税に不満を募らせた北の10部族が反乱を起こし、神の偉大な王国は「北イスラエル(10部族)」と「南ユダ(2部族)」に分裂し互いに対立しました。やがて北のイスラエル王国(ルベン・シメオン・ダン・ナフタリ・ガド・アシェル・イサッカル・セブルン・マナセ・エフライム)は大国アッシリアに滅ぼされ10部族は歴史から姿を消します(アッシリア捕囚)。さらに南のユダ王国(ユダ族・ベニヤミン族)もバビロニアによってエルサレムは陥落し第一神殿も破壊され、民はバビロニアへと連れ去られます(バビロン捕囚)。すべてを失ったイスラエルの民たちは「エルサレムよ、もしお前を忘れるなら、我が右手が動かなくなっても構わない」と、エルサレムへの帰還を誓い合いました。
彼らは国や土地を失っても、否、失ったからこそ、その国家としてのアイデンティティや信仰を保つために、各地で律法(神の教えを守る)の会堂を続けました(シナゴーグの始まり)。ここに、安息日、割礼、食べ物の規律を厳しく守るというユダヤ教徒の強靭な精神システムが完成することになります。そして、バビロン捕囚から半世紀後、新バビロニアを倒したペルシャの王キュロスによってついにユダヤ人たちは解放され、さらに念願の「第2神殿」まで再建させました。ところが、またしても過酷な運命の悪戯で、紀元70年には今度はローマ帝国によって第2神殿までも徹底的に破壊され、ユダヤの民たちは完全に世界中に流浪することになるのです(ディアスポラ)。
Ethnic Diasporas and Synagogues
流浪の民として世界中に散らばったユダヤの民たちは、それでも『終わりの日にメシアが現れ、エルサレムに「第三神殿」が建ち平和が訪れる』という終末思想を胸に故郷への帰還を胸に抱き続けました。 その悲願は2000年の時を超え、1948年に現在のイスラエル建国へと昇華したのでした。旧約聖書のエゼキエル書には、終末の時に「ゴグ」率いる北の大国軍勢(現ロシア)と、ペルシャ(現イラン)などの連合軍がイスラエルへ攻め寄せる「エゼキエル戦争」の様子が描かれています。それは、まさに2026年現在の国際情勢、イスラエルとイランの激突、ロシアの動きと重なります。「第三神殿」の建設の儀式に必要な「赤い雌牛」がアメリカからイスラエルに空輸されたというニュースなど…聖書の予言をなぞるような話が現実の世界で進行しています。4000年前のアブラハムへの約束から始まった旧約聖書の壮大な歴史は、いままさに私たちの目の前で起きている現代の戦争や世界情勢に直結しているようです。
The red heifer arrives in Israel
では、故郷を追われ離散したユダヤの流浪の民たちは、その後一体どこへ流れ着いたのでしょう。聖書には「彼らは東へ向かった」という記述はありますが、それ以外の具体的な描写はありません。失われた民族の痕跡を辿りながら、この「東」すなわち太陽の昇る方角を探索した人たちがいます。次章では「旧約聖書の物語」からは少し離れて、失われた十支族の足跡を追ってみたいと思います…(「旧約聖書の物語④【番外編】」へ続きます)








