1998年、米コロンビア大学の海洋地質学者ウィリアム・ライアン(William Ryan)とウォルター・ピットマン(Walter Pitman)は『紀元前5600年頃、地中海の海水が当時陸地(渓谷)だったボスポラス海峡へ溢れ出し、300日間に亘ってナイアガラの滝が一日に流れ落ちる水量の200倍もの海水が怒涛のように黒海へ流れ込んだ』と発表しました。
その後、海洋学者らによる海底調査が行われ、ライアンとピットマンの説を裏付けるように、海底から古代の海岸線や渓谷、加工された人工構造物が見つかり、さらには当時湖だった黒海の淡水が地中海に流れ込んだ痕跡のような海底扇状地や、放射性炭素年代測定で紀元前5000年のものと確認された淡水性の巻貝も発見されました。
聖書の「出エジプト記」のファラオがラムセス二世(紀元前1314頃〜1224頃)だとするならば、そこを起点に旧約聖書の系譜の年齢を遡ると、アブラハム一族がカナンに向かったのは紀元前2200年ということになります。この時期は、エジプト古王国時代末期に約200年続いた寒冷化による飢饉により王朝が滅亡した史実(紀元前2181)と重なります。
そこからアブラハムの祖先の系譜を、旧約聖書の記述に従ってさらに辿って行くと、約3500年遡った紀元前5500年あたりがちょうどノアの方舟の時代ということになります。つまり、ライアンとピットマンの研究でボスポラス海峡が出現したと地質学的に推計された紀元前5600年と不気味なほどピタリと一致するのです。
黒海大洪水をインド・ヨーロッパ語族の人々の拡散(Diaspora)の原因とする研究もある一方、聖書の研究者の中にはノアの大洪水は黒海周辺の限定的なものではなく、この惑星のあらゆる大陸に傷痕が見られる、もっと全世界的な洪水であるとする研究者(創造論者)もおり、この説を巡っては考古学者の間で現在も議論が続いています。
天誅として神が大洪水で人類や巨人を滅ぼすという神話は、聖書のみならずギルガメッシュ神話やギリシャ神話、ゲルマンの北欧神話など各地に伝わっています。紀元前5000年頃は、地球上の全世界の人口を合わせても500〜600万人程度でした。小規模だったからこそ、同じ事実が歪曲されず世界中の人びとに正確に伝わったとも考えられます。
神話の時代から数千年もの年月が経過した現在においてなお、世界中の多くの地域で政治や宗教、民族間の紛争が繰り返されています。「人類の歴史は戦いの歴史」とも言われます。我々人類は、太古の創世期から連綿と続く「天使と悪魔」「主神と悪神」による抗争の構図から、今だに抜け出せないでいるのかもしれません…