こんばんは。

 

 

最近児童虐待のニュースが気になります。

 

 

再婚した夫やパートナーが妻の子どもに暴力をふるうケース。

 

 

加害者の男性も逮捕されていますが、妻も「傷害ほう助罪」で逮捕されているケースをニュースでよく見ます。

 

 

自分が生んだ子どもを暴行される。

 

 

でも助けることができない。

 

 

児童虐待には必ずといってもいいくらいの確率でDVを疑ってほしいと思います。

 

 

自分の子どもを相手に暴行され、それを助けることができないくらいの恐怖、洗脳、そして助けられなかったことに対する恥、後悔・・・

 

 

実際は被害者は子どもだけでなく、「ほう助」されたとする母も被害者のケースがほとんどです。

 

 

ニュースで流れる暴行する、身体を攻撃するDVは氷山の一角で、

 

 

殴ってはいけない、蹴ってはいけないという認識を多くの方が持っている中、その方法を使わずに相手を攻撃するというケースが圧倒的に多いのです。

 

 

DVは精神的暴力が一般的です。

 

 

身体的暴力があれば必ず精神的暴力もあったはずです。

 

 

パートナーに対し「お前は常識がない」「お前は何もできない人間だ」「本当にわがままなやつだ」「お前みたいなやつが一人でいきていけるわけがない」など、相手の人権を侵害し、傷つける。

 

 

パートナーの行動を監視し、携帯のLINEなどで逐一行動を報告させる、友人や家族などと会わないように、連絡をとらないように相手を束縛し孤立させる。

 

 

子どもを使ってパートナーを傷つける。気に入らないことがあると子どもに怒鳴る、子どもに会わせなくする、子どもにパートナーの悪口を聞かせたり言わせたりする。

 

 

相手の大切にしているものを壊す、叩く、大きな音を立ててバンと扉を閉める。

 

 

相手を身体的に傷つけずに攻撃することなんて簡単にできます。

 

 

私も多くの暴力を経験しましたが、私の大切にしている物を叩いて怒鳴っている相手の姿、

 

 

大切な私たちの家に監視カメラをつけて監視する行動、

 

 

自分の過ちを子どもや私のせいにする責任転嫁をし、「お前たちが怒らせるから悪い」「お前たちがそうさせたんだ」と責める姿、

 

 

「お前が常識がない」「お前の家族はおかしい」「お前は二重人格なんだ!」「お前は病気だ!」となぜそこまで他人を悪く言えるのだろうか・・・

 

 

本当に辛く悲しく苦しく怖かった経験です。

 

 

加害者はいつも怒っているわけではありません。

 

 

一般的に外面がとてもよく「いい人」とみられていることが多く、機嫌がいいときも多いし、普段はとても優しく笑顔も多かったりするのですが、

 

 

親密な関係の人には支配欲が強く、自己中心的で、自分が上に立っている、優位であることを維持、強化させたがり、

 

 

相手を攻撃する行動を時々起こします。

 

 

加害者は後日それを謝ったり、反省したりする素振りを見せるので、

 

そんな姿を見て許したり、あのときだけだったからと気にしないようにしたり、いつか相手も変わってくれるだろうと期待したり・・・

 

 

でもまたその攻撃はやってきます。

 

 

被害者であるパートナーや子どもたちは、

 

 

加害者を怒らせないようにふるまうこと、加害者の機嫌をとるような行動をすることが当たり前になり、

 

 

加害者の行動や顔色をうかがうことを中心とした生活になってしまいます。

 

 

家庭のなかに虐待がある環境を見てみると、

 

 

子どもたちは「自分がこうしたい」ではなく、

 

 

「自分がこうしたらパパ(ママ)に怒られないかな」、「パパ(ママ)にばれたらどうしよう」、パパ(ママ)の前では怒りの感情を出さない、パパ(ママ)の機嫌をとるような行動を無意識にしていることが多いのです。

 

 

安全で安心する環境のなかでは子どもたちは、自分の言いたいことを言い、自分の気持ちを表現できます。

 

 

被害者であるパートナーは自分が被害に遭わないように、子どもが被害にあわないように、加害者の顔色をうかがいます。

 

 

暴力もここで「やめて」と止めてしまえばますます暴力がひどくなる、暴力が辛くて解離してしまう、身体が動かなくなる。

 

 

そういったケースもあり、児童虐待はその家庭環境の関係性が「DV」であること、

 

 

夫婦、内縁関係、恋人関係の間に支配でコントロールされ、そこに暴力が発生しているという視点を見逃してはいけません。

 

 

男性の身体的な力には、一般的に女性は勝てません。

 

 

どうしてそこで止めなかったのか、どうして子どもを放置したのか、子どもを置いて逃げたのか。

 

 

それは力では当然負けますし、子どもの暴力がエスカレートしないためにも止めることができなかった、身体が動かないくらい怖かった、逃げるしかなかった、子どもの目の前で暴力を見られたくないとその場を離れるしかなかった、そう行動するしかなかった・・・

 

 

社会がそういったDVの支配関係を理解し、被害者は子どもだけではないという視点をもってほしいなと思います。

 

 

今日もお読みいただきありがとうございました。