先ほど某番組(プレ○ト)で、元アナウンサーの育児をしている姿に密着するという内容が放映されました。



以下、私が拝見し記憶している内容なので、少々間違いがありましたらごめんなさい。



彼女は元アナウンサー、社内恋愛で結婚されました。



彼女が産後2ヶ月半後アナウンサーとして復帰し、制度が整った環境、というよりかは「社会」に違和感を感じその約半年後に離職をしました。



(私はこの部分に非常に共感しました。)



夫は飲み会に行って、自分は飲み会に行けない。



夫は「飲み会に行っていいんで」と言ってくれるが…



でも、そういうことじゃない。



自分が飲み会に行くのは、前もって○日と決めて、その日のために準備していく。



夫はそんなことではなく、何も気にせず行ける。



飲み会に行くことではなく、夫のその「気軽さ」が欲しかった。



平等を求める自分が悪いのか?



自分が働き方を変えないと家庭が壊れそうな気がしたと。だから離職をしたとのこと。



職場環境はとても良かった。



子どもが病気になれば周りのみんなは「早く帰っていいよ」と。



夫も確かに同じことを言えばみんな「早く帰っていいよ」と言ってくれるだろうけど、夫は自分からそんなことは言わない。



「お母さんになったね」といわれることが嫌だった。



お母さんになる前の魅力は自分にはもうなくなったの?とマイナスに感じてしまった。



番組に出演している際に、男性がメインキャスター、男性は自分の意見を言うことができるのに、



自分に求められる意見は「女性はどう思うの?」と。「女性は」と。



自分ではなく、女性としての意見を求められる。



たまには逆でもいいと思うんです。



男性側が「男性は」「父親は」という意見を言って、私は自分の意見を言いたい。



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ここまでがそのアナウンサーの方のお話しで私も非常に共感した内容でした。



今彼女は次の夢に向かって進まれているそう。



ジェンダーの不平等さに違和感を感じ、生きづらさを感じる。



でも社会を変えることは簡単ではなく、時間もかかり、難しい。



結局自分の生き方や働き方を変えることをすることで、自分の中で納得させる。



これは自分が決めたことだからと思いたい。



周りから役割を押し付けられる人生でなく、自分が選択して生きたい。



男性側である父親は変わらず生活を送れるし、多少変わったとしても母親側の自分と比較すると程度の差が全く違う。



母親になる前のように、男性側と同じように、変わらずに自分らしく働くことがなぜできないのだろうか。



男性側に生まれていたらこんな苦しみや、自分が仕事や生活リズムを変えることをここまで強いられなかったのだろうと思う。



不平等を強いられる悔しさや怒りや、落胆のような気持ちがどこか自分の心の中にモヤモヤと込み上げます。



私は彼女の生き方を応援したいし、私だけではないんだなと思えとても勇気付けられました。



多くの女性が不平等さを感じながら、諦めや我慢を強いられているのだろうと思います。



それは当たり前ではないのに、当たり前だとさせられていることで。



ジェンダー平等な社会を目指して、子どもたちにはデートDV防止教育を提供することで、



男性でも女性でも、どちらでもなくても、性別関係なく、



結婚しようがしまいが、子どもがいようがいまいが、



自分らしく一人一人が自分の人生を平等に選択できる社会にならなければならない。



改めて思いました。



今日もお読みいただきありがとうございます。