おはようございます。



8月もあとわずか。夏休みももう少しで終わります。



お子さんと一緒に暮らしている親御さんは忙しい毎日だったと思いますが、あともう少し。



一方でお子さんと離れて暮らしており、なかなか会うことができないお母さんも色々な想いを抱えながら日々過ごされたと思います。



DVでは相手の思い通りにコントロールするために暴力を使います。



暴力とは、精神的暴力、身体的暴力、経済的暴力、精神的暴力など。



相手を貶めるような言葉や、暴言、怒鳴ったり、机を叩いたり、無視をしたり、ジェンダーの期待やしばりを押し付けたりすることなども暴力です。



ジェンダーの期待やしばりとは、女性は男性をケアする役割がある、家事育児は女性など

性別により役割や期待を押し付けること。



これらは男尊女卑の考え方からきています。



そういったジェンダーのしばりを持っていれば、夫は妻からケアしてもらう役割があると考えたり、妻が家のことをするのは当たり前だと考えたりします。



しかし、結婚していれば当然、夫も同じように妻をケアしたりサポートしたり、家事育児をする責任があります。



人間なのでうまくできなかったり、間違ったり失敗することだってあります。



加害者は自らがその責任を放棄しているにも関わらず、自分の思い通りにならないからと暴力をふるうこと。これがDVです。



DVにより子どもと引き離されているというパターンは二つあり、



一つ目は、結果です。これまでの加害をしてきた結果、被害を受けてきた子どもと妻が離れていった、ということ。これらはDVがある家庭でわりと一般的です。



二つ目は、支配です。加害者が自分の特権意識から、DVの一連の流れのなかで、暴力の一つとして妻と子どもを引き離すこと。



この違いを離婚調停や監護者指定の審判などを通して家庭裁判所は見極め、判断してほしいと思います。




DVの暴力を受ければ当然身体的にも精神的にも影響が出るのですが、



それらを「弱い」「母親失格」「気の持ちようだ」などと加害をしている夫が妻に罵倒し、耐えられず生きるために出ていった母親に子どもと会わせなかったり、



別れると言われて、夫側がその父親という親権にこだわり子どもを連れ去って母親に会わせなかったり、



子どもの前で母親に暴力をふるい、母親がこれ以上子どもに暴力を見せられないと家から必死に逃げ出たことを利用し、子どもと会わせないようにしたり、



様々なタイミングで母親と子どもが引き離されています。



それは子どものためではなく、加害者の支配欲のためであること。



子どもを守るために引き離すのではなく、自分の支配欲のために自分のもとに子どもを置いておき、母親と会わせないようにする。



しかしながら、日本はDVの理解や支援の乏しさにより、そういった家庭に対処できていないどころか、



家庭裁判所では子の福祉という言葉を使って環境を変えないことが子どもにとって良いとされる考え方があり、



DVの影響を無視したり矮小化したりして、監護者に加害者を指定することがあり、



その結果さらに母親たちや子どもたちは支配に巻き込まれ続けるという現状があります。



特に調停中であれば、加害者はとにかく相手の優位にたちたい、勝つことにこだわるので、



子どもを母親に会わせることや子どものことを最優先に考えることはなく、



「子どものために」「子どもが会いたくないと言っている」などという言葉で、子どもを利用し、



いかに母親を苦しめるか、いかに自分の屈辱を晴らそうか、とにかく自分が一番で、自分の思い通りにしたい、



そういった考えから母親と子どもを引き離していることを感じます。



争いが長引けば長引くほど、子どもに会えない。



そうやって苦しむ女性たちが日本にはたくさんいます。



本当によく耐えてらっしゃると思いますし、耐えられなくて当たり前だとも思います。



子どもの心配はもちろんたくさんあります。



そのほか、

子どもがどう思っているのか不安、

命懸けで産み大変なときを懸命に育ててきたのに、育てる権利を奪われ育てられない悔しさ、

子どもまでも支配されていく屈辱、悲しさ、

そういったご自身の思いもあると思います。



ここまで多くの暴力を受けてもなお、生きているし、子どものために生きようとしている、頑張っている自分を褒めてあげてほしいと思います。



今日も読んでくださりありがとうございます。