進化論は私達の文明の根底にある“病根”であり、諸悪の根源であると書いてきた。神を中心とする絶対的価値、道徳を否定して、生存闘争という愛の無い世界に青少年を駆り立てているのである。
これをもっと描きやすいイメージはないか。実は、ギリシャの哲学者プラトンが分かりやすいイメージをすでに教えてくれいた。それは、洞窟の比喩と呼ばれている。
プラトン著『国家』第7巻に記述されているが、以下のサイトの説明がわかりやすい。
扱い方は軽薄な印象だが、NHK番組『100分de名著』のユーチューブ動画がある。最初のほうで流されるアニメーションが手っ取り早く理解するのに役立つ。
https://www.youtube.com/watch?v=3nylI0o_RmY
プラトンの洞窟の比喩は要約すると、人々は洞窟の奥の壁に向かって座らされ、手足、首を縛られている。後方には衝立があり、影絵がその壁に向かって映し出されていて、人々はその影が実像だと思って生きている。これがわれわれの住む世界だというのである。しかし、洞窟の外では、太陽の光が燦燦と降り注ぐ美しい世界が広がっている。これはプラトンの言うイデアの世界、つまり本当の世界だというのである。
プラトンの時代ではイデアという表現にとどまったが、イエス様以降では、洞窟の外の世界は、神様の愛の世界であろう。ヨハネの黙示録21章3、4節に「神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない」とあるように、人間が神と共に住む世界であり、人間が本当の自由を得た世界である。
影絵を見せている存在があるが、これは人々を洞窟の中に押しとどめようとしている存在である。その存在の大きなものが進化論だと筆者は考える。洞窟の中に押しとどめているすべてではないが、支配的な力を及ぼしている。
例えば、子供が美しい景色を見たり、ファ―ブル昆虫記を読んで感動し、実際に精巧な虫、本能の様子などを見て、「やはり神様がつくったのかな?」と思ったとしても、先生も教科書も図鑑もテレビも「そう見えるけど、幸運の連続で進化してきたんだよ」と教える。進化論は洞窟の外に向かう道、真理を求める道を“科学の名のもとに”巧妙に妨害している。
そして進化論のもとでは、生存闘争で人間が進化してきたと教える。自分が生き残るために、自分が有利に生きるために考え、行動することは善いことなのである。進化論は利己的個人主義を助長しており、何度も書いてきたように、家庭倫理衰退の根源にある価値観だ。
イエス様をはじめとする神のチャンピオンたちが、歴史的に神の愛を証しし、洞窟の外に神の愛の世界があることを示してきたが、進化論者は「神は妄想である」などと言って人間を洞窟の中に押しとどめるように作用している。
神を知り聖書を読むクリスチャンにも多大な影響を及ぼしている。これまで述べてきたように、神による創造は138億年かけた段階的創造であり、神による愛とエネルギーの投入のゴールが人間なのである。しかし、進化論が巧妙にキリスト教に浸透し、多くのクリスチャンが「神は宇宙をつくったが生物は下等なものから人間まで進化論の方法で進化した」と信じている。これは、神の愛に対して壁をつくり、神を遠ざけ、依然として洞窟の中に生きるようにされているのである。
進化論的価値観に支配された洞窟の中は、人間が虚栄に生存闘争の奪い合いで生きるように騙され、神の愛から遠い、つまり、愛が冷え切った世界である。その結果として家庭倫理は衰退、崩壊し、いじめ、虐待、差別など多くの悲劇が繰り返されている。
キリスト教をはじめ神を信仰する宗教者は、人類文明の底にある毒、進化論を撲滅するために今こそ結束していくときではないか。