前回の記事を補足したい。いままでのブログで書いてきたが、進化論には証拠もないのに確立された学説のごとく教えられ、大学ではそれを前提に研究がなされている。進化論は科学を偽装した唯物論哲学だと書いたが、進化論は“無神論を唱える宗教”とか、“モノやサルを人間の先祖だと崇める宗教”と言ってもいい。
愛や慈悲を説く、まっとうな宗教とは違い、進化論は、証拠がないではないかと言われても、「それがどうした」と言い返したり、無視する、傲慢不遜な“宗教”である。
さて、20世紀にソ連を中心として世界を大混乱と悲劇に陥れた共産主義も進化論と同根である。ブルジョア、大企業による搾取から人民を解放する、という教義に大衆が酔い、踊らされたのであり、実体は「科学的社会主義」ではなく「無神論の宗教」だった。共産主義が世界に平和と平等をもたらす「真理」とは真逆のものであったことはソ連の崩壊によって劇的に世界に知らされた。
この共産主義と進化論は共に「無神論の宗教」だが、科学の名のもとに無神論を広めているという意味で、進化論のほうが根が深い。進化論とその価値観が広がっていく土壌の中で、共産主義は栄養を得て拡大していったからである。
共産主義という“無神論宗教”は、宗教の腐敗、堕落をも批判する風潮の中で伸びていった。進化論は2000年過ぎまでID理論の運動で一時後退していたが、再び盛り返している。今、ローマ・カトリック教会聖職者の児童虐待、同性愛の問題など宗教側の腐敗が表面化する中で、進化論が一層伸びていく恐れがある。
ともあれ、教科書、NHK番組、国立科学博物館を通して、無神論を唱える進化論だけを教え、洗脳するのは、明らかに信教の自由、思想・良心の自由を侵害し、個人の選択の自由を奪うものである。そして、進化論という“宗教”を国が支援しているのは憲法違反であり、大問題である。
前回は書かなかったが、教科書を書いたり、NHKの番組に協力したり、国立科学博物館と関係が深いのが東大、京大、東工大などの進化論を信奉する教授たちである。今、日本では受験シーズンも後半に入っているが、多くの青年たちは志をもって苦労して進学したその大学で、進化論を前提とした学問を教え込まれることになる。