岳物語、続岳物語 椎名誠 著
この二冊は、作家の椎名誠さんが、息子岳さんの保育園から小学校卒業までの成長を綴った私小説です。
紹介文の言葉を借りれば、一冊目「岳物語」は、「ショーネンがまだ父を見捨てていない頃の美しい親子の物語」、
ニ冊目は「カゲキな親子に新しく始まったキビシクも温かい男の友情物語」。
そこには、一人の少年の成長とともに変わっていく父子の関係が綴られています。
私はこの本を中学生の頃に一度読んでいるのですが、
年を重ね、親になってから読み返してみると、あの頃感じなかったことが多々感じられ、
「少しは俺も大人になったのだぁ」などと感慨深い気持ちになりました。
綴られた文章からは椎名さんの息子を見守る温かな眼差しを感じます。
二人で過ごせるこの時間を心から愛おしく思うその気持ちが行間に溢れています。
しかし、その後思春期を迎えた岳さんにとってこの本はとても目障りな存在となってしまいます。
本に書かれている内容について周囲から揶揄われたり嫌な思いをすることが重なり、この父の愛溢れる本たちが親子の間に亀裂を生むことに。
ある時岳さんは本を叩きつけ、「こんな本今すぐ全国から無くしてくれ!」と椎名さんに怒りをぶつけます。
その時椎名さんはただ黙ってその言葉を受け止めるしかなかったそうです。
大好きな息子との日々を綴った本を、当の息子から否定されてしまう。
その時の椎名さんの気持ちを想像して、私は胸が痛くなりました。
その後岳さんは、有名人である父の影響力が及ばない米国サンフランシスコに留学。
そこで奥さまと知り合い結婚。
やがてお子さんが産まれ、自分が父になったことをきっかけに、椎名父子に和解が訪れます。
椎名さんはある新聞のインタビューで以下のように語っています。
“息子が留学でアメリカに行ったときも、連絡は取り合っていたけれど、私小説の話題に触れると、とたんに不機嫌になりましたね。
それが、息子も3人の子供の親になり、ボクが『岳物語』を書いた年ごろになって理解をしてくれたようでやっと和解することができました。”
岳さんは東日本大震災を機に日本に帰国。
現在椎名さんは三人の孫に囲まれ、その日々を「三匹のかいじゅう」、「孫物語」に綴っています。
「岳物語」の中に綴られているような温かい日々を重ねた「おとう」と息子が、すれ違いを経て、和解の時を迎え、再び温かな日々を重ねている。
全く関係ない第三者ながら、私はそのことに胸が熱くなりました。
それまでどんなに温かな関係を築いてきた親子もやがてぶつかり合う時を迎える。
でも、時が経ち親子がともに様々な経験をする中で、またきっと分かり合える時がくる。
「岳物語」を再び開いたことをきっかけに、心温まる親子の和解のエピソードに触れることが出来ました。
今は「おとうあん、おとうあん」と私に引っ付いてきてくれる息子ともいつかぶつかり合う時を迎えるかも知れません。
そんな時は椎名父子の素敵な和解のエピソードを思い出し心の支えにしていこうと思います。
温かな椎名父子の交流を綴った私小説「岳物語」、ぜひ手に取ってみてください。