一緒に学び始めたばかりの頃に、時々子どもからこんな風に言われることがあります。
「勉強なんかしたって意味ないでしょ」
私はある文脈に於いて全くその通りだと思います。
またある文脈に於いて全くそうは思いません。
私が学生の頃は、偏差値の高い大学に入って、大きな会社に入り、そこで定年まで勤めあげれば人生安泰、
わずかながらもまだそんなキャリアパスが生き残っていた時代でした。
偏差値の高い大学→大企業→経済的安定。
そんなキャリアパスが描けた時代の受験勉強を、
一橋大学名誉教授の野口悠紀雄先生は、「シグナル獲得のための勉強」と呼んでいます。
シグナルとは以下のようなものです。
「本来測定したいが簡単には測定できない指標を示す代理指標として用いられる、簡単に観察できる指標」
つまり、「人間の能力」という測定しがたい指標を測定するために、
学歴という容易に観察できる指標が代替指標(シグナル)として用いられ、
それさえ獲得できれば、その後の安定した人生が保障される。
だから必死に勉強する。
それが「シグナル獲得のための勉強」です。
しかし今の日本では頑張って勉強してシグナルを獲得して大企業に就職しても、
その後の人生の安泰が保障されるわけではありません。
その理由は世界の中で日本の存在感が低くなっていることと密接に関わっています。
社会学者の宮台真司先生は、現代の日本を沈みゆく船に例えます。
日本はどんな風に沈みつつあるか。
例えば、学術の世界。
文科省の報告書によると、1997年~1998年で日本の発表論文数は世界2位、引用回数の多い論文数では世界4位でした。
2021年、それぞれの順位は4位、10位に後退し、どちらも中国に追い抜かれています。
例えば経済の分野。
株価時価総額ランキング上位50社を調べてみると、1989年には50社中32社が日本企業が占めていたのに対し、
2022年の結果では43位にトヨタ自動車が入るのみ。
平均年収はどうでしょうか。
主要先進国の平均年収ランキング(ドル換算)を調べてみると、1997年当時、日本は35か国中14位でしたが、
2020年にはスウェーデン、ニュージーランド、韓国に抜かれ22位にまで後退しています。
これらの指標を見れば確かに今の日本は沈みゆく船そのものです。
こんな沈みゆく船の中で、少しでも良い座席に座るために、
つまりシグナルを獲得するために一生懸命勉強したってなんの意味もありません。
何故なら、沈むのが他よりちょっと遅くなるだけで、いずれ沈むことに変わりはないからです。
だからこそ冒頭の「勉強したって意味ないよ」という発言になるのでしょう。
座席争いのための勉強になど何の意味もない、この話に私は深く同意します。
沈みゆく船に一等席も二等席も無いからです。
でも学ぶこと自体に意味がない、というのなら私は全く同意できません。
なぜなら、人は座席争いのために学ぶわけではないからです。
次回に続きます。