今までの記事では、
1 スマホの過剰使用によって、子どもたちの脳の発達が阻害されている可能性があること
2 スマホの負の影響に対抗する方法として、有酸素運動が有効であること
3 有酸素運動によってBDNFが分泌され、神経細胞のネットワークが強化されること
4 有酸素運動によって海馬の体積が増加し、記憶力が良くなること
5 運動後はドーパミンが放出され集中力が上がること
6 3、4、5の結果として子どもの学力が向上すること
をご紹介してきました。
スマホの過剰使用によって子どもだけでなく私達大人の脳も負の影響を被っていることは、
先日ご紹介した東北大学医学部の川島教授の研究でも示唆されていますし、
有酸素運動によって得られる効果も子どもに限った話ではなく、私達大人にもそのまま当てはまる内容です。
ぜひお子さんのためにも、ご自身のためにも、スマホの使い方を再考し、
軽く心拍数を上げるウォーキング程度の運動で構わないので、体を動かす習慣を取り入れて頂きたいと思います。
前回の記事が例によって長くなってしまいご紹介できなかったので、今回は運動とストレス耐性の話をご紹介したいと思います。
ストレスを感じるような状況下で、私達の身体の中では何が起きているのでしょうか?
ストレス反応はHPA軸というシステムによって説明できます。
まず外部からストレス要因となるような刺激(ストレッサー)が入ってくると、
私達の脳内にある扁桃体と呼ばれる部分が、刺激を受けて興奮します。
その反応に応じて脳の視床下部がホルモンを放出し、同じく脳内にある下垂体を刺激します。
下垂体はその刺激を受けて副腎皮質刺激ホルモンを放出し、放出されたホルモンは血流にのって腎臓の側にある副腎に届きます。
指令を受けた副腎はストレスホルモンであるコルチゾールを放出し、その結果として私達の身体には、
心拍数が上がる、手足が震える、呼吸が浅くなる、血圧が上がる、などの症状が生じることになります。
この反応はわずか1秒程度の時間で起こります。
そしてコルチゾールが分泌されその血中濃度が上がることで、
ストレス反応のきっかけを作った扁桃体はさらに興奮し、
ストレスがストレスを引き起こすという負のループが起こってしまうのです。
このままではいつまでもストレス反応は収まらないことになるのですが、
その負のループにブレーキをかけてくれるのが、海馬と前頭前野です。
海馬は以前ご紹介したように記憶を司る中枢器官なのですが、
それだけではなく、ストレス反応によって興奮状態に陥った扁桃体の過活動を鎮める役割も果たしています。
そして前頭前野。
これはおでこの奥に位置する脳の部位で、抽象的思考や分析的思考など人間の理性を生み出す場所です。
扁桃体が興奮しストレス反応が起こると、私達はしばしば感情的になってしまいますが、
前頭前野は理性的思考によってこの感情の暴走を抑え、ストレス反応を鎮める働きを担っています。
つまり、ストレス反応において、扁桃体はアクセルの働きを、海馬と前頭前野がブレーキの働きをしている、ということです。
以前の記事でご紹介した通り、運動すると記憶力が向上するのは、海馬の体積が増加してその働きが良くなるからでした。
同じ理由で運動することによって海馬のブレーキ機能も向上します。
また運動することで脳の血流が増し、前頭前野に新しい血管が生まれ、その機能が向上すること、
そして、前頭前野と偏桃体の連携が強まり、前頭前野がより効果的に扁桃体を制御できるようになることも分かっています。
つまり、運動することで海馬と前頭前野の機能が向上しブレーキ機能が強化されることで、今までよりもストレス反応が起こりづらくなる、ということです。
長期間ストレスにさらされてうつ症状を呈する人の脳を調べると、海馬や前頭前野が委縮していることや、
運動することによって抗うつ剤の服用と同程度にうつが回復することも研究によって分かっています。
私自身、十数年前にうつを患いましたが、回復の大きなきっかけは、散歩をし始めたことでした。
これらの研究や私の事例からも運動で私たちのストレス耐性が上がり、精神状態が安定してくることが分かります。
私は普段子どもと接していて、側にいる大人が心穏やかであることの大切さを強く感じます。
情動感染という言葉があります。
幸福感や悲しみやイライラなどの感情が側にいる他者に伝わる現象を表した言葉です。
まだ社会で生き抜く十分な力を持たない子どもに強い影響を及ぼす存在。
それは、言うまでもなく側にいる大人です。
その大人が情緒不安定であったなら、子どもにどんな影響が及ぶでしょう?
その大人が心穏やかであったなら、子どもにどんな影響が及ぶでしょう?
ご自身のために、そしてお子さんのために、運動と心の安定の関係をぜひ知って頂きたくて、この話をご紹介しました。
参考図書としては、
脳を鍛えるには運動しかない ジョン・J・レイティ 著
一流の頭脳 アンダース・ハンセン 著
ブレインメンタル強化大全 樺沢紫苑 著
キラーストレス 心と体をどう守るか NHKスペシャル取材班 著
子どもの脳を傷つける親たち 友田明美 著
をご紹介したいと思います。
早足の散歩程度の強度で構わないので、ぜひ日常生活に有酸素運動の習慣を取り入れてみてください。