図書館主義者の平穏。 -15ページ目

図書館主義者の平穏。

夢破れた図書館主義者の徒然ブログ。恋に勉強に大忙しと思いきやそうでもない高校に嫌気がさし、図書館に入り浸りな毎日。

諸君、御無沙汰であった。



中学生の彼らは、入試が目前に迫り、心中穏やかならぬであろう。


しかし、自らの不断の努力と才能を信じ、最後まで邁進するしか道はない。ガンバレ受験生。




高校生の諸君は、想像通りのスクールライフを満喫しているだろう。


ここで注意したいのは「想像」であって、「妄想」でないことだ。


難解な試験に日々追われ、魅惑の異性から蔑まれ、艱難辛苦を共に歩むべき友から足蹴にされる。


夢のスクールライフは所詮夢なのだ。そんなもの、一握りの人間しか味わえぬ。



そして、僕の友達にその一握りがいたら、全力を以て抹殺しよう。今後の社会の為に。





さて、話が逸れた。そもそも、始まってすらおらぬ。


本日は節分なり。「鬼は外・福は内」なる奇妙奇天烈な言の葉を喚き散らし、


生命の息吹なる落花生をぞんざいに投げ散らす。


投げつけたその先に立っているのは、真っ赤な仮面をつけた一家の主、父である。



私が考察するに、この儀式は、人々の平等性を示しているのではないか。


赤の仮面は怒りの印。父は怒っている。そんな父にも母子は豆などで対抗できることを暗示している。


この国では男も女も互いに諌めあい、牽制しあえる立場なのだ。



他の説として、仮面は酔っ払いの印で、泥酔状態の父へのお仕置きとして豆を、というのも考えたが、


昔の酒の精製技術は未熟というのも鑑みると、どうも違う気がする。


さらに、豆は恰好の肴になる、という事実がこの説の信憑性のなさを裏付けるので不採用とした。




この儀式が一通り終わると、彼らは揃って食卓につき、何かを製作し始めた。


乾燥させた藻の上に、妖しく光る小さな白の紡錘状の種子を大量に広げ、


何が何やら分からぬやけにカラフルなものをやたらめったら乗せまくり、それまた強引に巻く。


そして家族一同、同じ方角を向いて無言のまま、その黒い円柱を頬張るのである。


大方、イースター島のモアイを意識しているのであろう。


南国に憧憬を持つ極東の島民にありがちなことである。





彼らにこれらの理由を尋ねると、「Oniを追い払う」と言っていた。


Oniとは何か、と聞くと、「それは人の心の中にいて、時々悪さをする」と答えた。



おそらく、心臓病のことだろう。日本人の長寿の秘密を垣間見たり。




心臓病の予防には、喫煙・飲酒を避け、規則正しい生活と、適度な運動を心がけることが大切だ。


そうそう、定期健診も忘れずに。日本にはこういう諺がある。


「少年よ、大志を抱け」



それすら、“命あっての物種”である。