の続き。
自己受容感
そして、そんな自分を受け入れることができない😭鬱病の人は、多分ここがしんどいのだと思います。
間違いなく、頑張りすぎるほど頑張っていたんです。それなのに、状況は好転するどころか悪化する一方で、あげくにこんなに辛い病気になってしまった。
今までの我慢や努力や忍耐はいったい何だったのか。堪えた涙、押し殺した怒り、全て無駄だったのか。こんなに苦しい思いをするために私は生きてきたのか。
納得できなくて当然です。無力感や徒労感でいっぱいになって、心が折れるのは自然なことだと思います。
その『今の自分の受け入れ難さ』は、そのまま『自分が描いている自分像』との乖離なのではないでしょうか。こうであるはずの自分と現実のギャップが大きければ大きいほど、受け入れることへの抵抗が大きいのではないかと。
となれば、打てる手はひとつ。
何だ。私、自分で思っているよりポンコツだったんじゃん。大リーガーのつもりだったけど、草野球レベルだったわ😂
と認めること。あるいは、
すごく頑張ってたけど、やり方を間違ってたんじゃん。何で大リーグボール養成ギプスをつけっぱなしで試合に出てたんだろう🤣
と認めること。
大丈夫。あなたがポンコツなことも、レベルを読み違えていることも、なんだかトンチンカンなことをしていることも、
周囲の人は知ってる。とっくに知ってる。
今さら「ごめん。私、自分を大リーガーだと思って、大リーグボール養成ギプスをつけたまま試合に出てたんだけど…」と告白しても、
「うん、そうだよね。何でホームラン打った後、兜を被るのかなぁ🤔って不思議だった。ギプスも、よっぽど星飛雄馬に憧れてるんだろうなって。
ボケをかましてるのかなぁとも思ったけど、真剣な顔をしてるしさぁ。なんだ、思い込みと勘違いだったってことか。まぁ、そんなん誰でもあるよ。人間だもの。
実はツッコミを入れていいものかどうか、こっちも緊張感があったんだよね。言ってくれて気が楽になったよ。
で、次はあんたの打順だよ。ほれ、バッターボックスまで走れ‼️………ちょっ、その前にギプス外せ‼️」
そんなもんよ👍
そこで「は?馬鹿なの?今まで何やってたわけ?あんたのせいで、試合に負けたこともあったよね?どうやって責任取ってくれるわけ?」
と罵ってくるようなら、残念ながらそれはあなたの人生には必要のない人だったというだけで、あなたの問題ではない。あなたとその人の関係性の問題。
必要ない人の意見をまともに受け取めて、傷つくのはバカバカしいし、時間がもったいないと思うんですよ。ただ、足を引っ張った事実はきちんと認めて、謝罪するべきだと思います。
卑下しろとか、身の程を弁えて引っ込んでろと言っているのではないです。それはそれで自尊心が傷つくし、卑屈になって余計に自己肯定感が下がります。自分の等身大をなるべく正確に把握して、それを容認しましょう、というお話です。
「はい、そうですか」とすぐにできるわけではないですが、ここを超えられると楽になります😊
「やだもう、私ってばホントにおバカさんだったわぁ😂でも、そんなところも私らしくて可愛いじゃん♥️」と笑い飛ばせるようになれば、鬱病の寛解も近づいていると思います。
思いのほか長くなったので、まだ続きます。
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