自分には2つの名前がある。矢野晋也と矢野普也だ。戸籍上では矢野普也になっている。普也でシンヤとは読めないので、普段は晋也を使用している。

これは親が間違えて普也で役所に届けたのだ。僕の名前は病院の先生の名前を頂いたと聞いた事がある。母子手帳には先生の名前、中野晋治と書かれてある。僕は趣味の1つとして姓名判断をやっている。姓名判断を侮るなかれ、これが結構当たるのだ。

子供の名前を付ける時、珍しいキラキラネームを付けたりする親の気持ちも理解するが、しっかり画数なども考慮に入れてあげて欲しい。

ところで矢野普也の画数はと言うと…なんと凄く良いのだ。
矢 5
野 11 〓 23
普 12
也 3 〓 15

人格は 野 と 普を足した数字で23画で吉。地格は 普 と 也を足した数字で15画で吉。外格数は 矢 と也を足した数字で8画で吉。総格は全ての画数を足した数字 31画で大吉です。

矢 5
野 11 〓 21
晋 10
也 3 〓 13

こちら場合はと言うと、人格は 野 と 晋で21画で吉。地格は 晋 と也で13画で大吉。外格は同じで8画で吉数。総格は29画で特別吉数。

29画だけ姓名判断では特別吉数と言われています。どちらにしても凶数はありません。29画の特別吉数(スペシャルタイプ)と31画の大吉数(順調運)を比べると…

29画…思い立った事は独断で次から次へと行動に移して行く人で、周囲との協調性は望めません。何をなすにも、リスクを伴うのは必至でしょう。

31画…どんな仕事に就いても力を発揮します。自由業を選択して才能を開花させた人も多いようです。

普段使用するのも普也の方が良いかなと思ったりします…読めないね普也でシンヤ…キラキラもしてないし…
随分とこのブログも休みがちになっている。何もないと言う訳ではないし、毎日何かにつけ刺激を受け、それについて考えたりはする。

もうちょっとこのブログを自由化したいと思う。何か固定観念みたいに自分で縛ってしまったので書く事がなくなったと言える。

ゴロゴロしながら色んな事に自由にトライして書いてみようと思う。

僕は子供の頃からもっぱら外遊びだったので、本を読む事もほとんどなく、文章を書く事もなかった。

僕が本を読んだり、文章を書く様になったのは、養成所に行くようになってからだ。そこでは読書感想文を提出しなくてはならなかったのだ。役者を育てる養成所なので戯曲を沢山読む事となった。シェークスピアもほとんど読んだが、面白いと思った事はない。先ず感情移入が出来なかったのだ。その戯曲に書かれた訳の言葉は古いし堅苦しい。何より役名がマルボーリオだったりするので、マルボーリオとか言う名を呼んで自分が演じてるのが想像出来ない。物語は主役が王様だったりするし…やたらと独り言のセリフが長い。

僕が役者をやりたいと思ったのは映画だったので、その様な独り言の多い芝居は苦手だ。シェークスピアがつまらないなと思った事で、自分には何が面白いのかを追求する事となった。

先ずは昔好きだったドラマの原作を読む事から始めた。やっぱり好きなドラマの原作は面白いと思った。そこからその作家の小説を読んだりする事によって、自分の好き嫌いを再認識する事になった。

人の暮らしで重要なのは好き嫌いではないのかなと思う。好きな音楽を聴いたり、好きなスポーツを楽しんだり、好きな場所に出掛けたり…

これも少しずつ変化はして行くが、その時々に好きを集める事が人生と言う気がする。
亡くなられた高倉健さんの出演作『南極物語』が追悼放送された。連日、高倉健さんに親交の深い人が、プライベートの高倉健さん、俳優の高倉健さんの事をテレビを通じて語っている。

『南極物語』は高倉健さんを僕が知ったきっかけになった映画だ。学校の映画鑑賞会だったと思う。南極物語を鑑賞し、それから高倉健さんの出演作を遡って見た。 男の美学と言うのは高倉健さんにあると思う。あんな男にはどう足掻いてもなる事は出来ないが、心の片隅に高倉健さんの存在がいるだけで、僅かながら男としての優しさは宿るのではないかと思う。

役者として関わる事は叶わなかったが、エキストラとして高倉健さんの作品に関わる事は出来た。NHKのスタジオにその当時はよく出入りしていた。どんな作品か聞かされなくスタジオ入りしたりするので、まさか高倉健さんに会えるとは思ってもみなかった。その時の撮影現場の記憶は記憶力の悪い僕でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

撮影前、ふと右手の方に目を向けた。ドアが開いた所に高倉健さんが座っていた。どうやら若手役者が楽屋に挨拶に来たのだ。すると高倉健さんはスッと立ち上がり、若手役者に頭を下げた。

『わっ、やっぱり健さんだ!』と僕は思った。色んな俳優さんとNHKで関わる事は出来たが、高倉健さんが一番印象に残っている。

映画界にポッカリと大きな穴は空いてしまった…しかし高倉健さんの残した多く作品は、永遠にこれからも沢山の人々に触れられ胸を熱くさせるのだろう。僕もまた高倉健さんの作品を一から見直してみようと思う。

健さん、ありがとうございました。