昨日からの寒気の残った朝を向かえたが、少しずつ春の陽射しが寒気を追いやった。

休日の晴天をゴロゴロしては勿体ないので、久しぶりに高尾山に出かける事にした。昨年初めて高尾山に登り、4度登った。桜の季節に高尾山に登るのは初めてだ。 山頂のビジターセンターの向かいに、大きな桜の木があったのを知ってたので、その桜の満開が見たいなと昨年思っていた。

一本の桜の木の満開と休日を合わせるのは実に難しい。近所の井の頭公園なら何の問題もないが、高尾山の山頂となればその日の天気も関係してくる。先週の桜便りでは今週に満開と言っていたので、今日がチャンスだったのだ。

山に出かけるにあたって、気をつけないといけないのは防寒だ。低い山でも都心の気温と違い、3度から5度は低いと考えた方がいい。今日の都心は16度だったので、11度くらいだろうか?…ダウンジャケットだなぁと思い、まだクリーニングしてないダウンを着て出掛けた。

今日は出発に遅れたのと、今季初めての高尾山なので、リフトで上がる事にした。やはりダウンジャケットで正解。山の空気はヒンヤリしていて、風もそこそこ強かった。ニット帽を被って来てもいいぐらいだと思った。

リフトでゆっくり上がって行くにつれ、気温は下がって行くのを肌に感じる。リフトで登ったからと言ってそこは山頂ではなく、山頂までは約40分登る。リフトやケーブルカーを降りて直ぐに、夏に栄えるビアガーデンがあり、その辺りには展望出来る所がある。春の陽射しが燦々と降り注いでいて、考えたら昨年高尾山に来た時はこんなに晴天はなかったなと思った。

その展望台の下の崖には桜があり、山裾から吹き上げる風を受けて桜の花びらが舞い上がっていた。舞い落ちる桜の花びらはいつも見れるが、舞い上がる桜の花びらは初めて見たと思う。

桜の季節と言う事なのか、沢山の登山者が高尾山に訪れていた。高齢者、家族連れ、外国人、カップルと様々だ。

気温が低いと言っても、流石に40分も登って行くとダウンジャケットでは暑い。心地好い疲れと春の花々の出迎えで山頂まで楽しかった。

気になっていた山頂の大きな桜は満開は過ぎ、三分散りと言う所だった。だけど確かに花びらを付けたこの桜と会える事が出来た。山頂の展望台からの折り重なる山々の色が春霞に被われ幻想的だった。

また来年もこの季節に、山頂の桜に会いに来ようと思った。
満開の桜の噂を聞きつけたのか、大量の雨粒たちが、早朝の花見にやって来た。

朝の暖かさかさから一変し、急にヒンヤリと頬を風が掠めていくと、秋の程好い時の気分になる。そんな時にはいつかの懐メロが流れ出す。

満開の桜と青空のコラボがなかなか見れない。何年前だったか忘れたが、桜と雪のコラボがあったなぁ。

山沿いの桜の満開は来週らしい。高尾山の桜でも見に行こうかなぁと思っている。先週は大泉学園の方に出かけたが、駅の北口側は桜並木になっていて、ほぼ満開だった。何度も通った道だったが、桜だとは気付かなかった。

幹をちゃんと見れば桜とは分かるが、花を咲かせないと気づかないものだなぁと思った。桜が桜と皆から呼ばれるのはこの時季だけだったりするのかなと思う。その通りには小学校があり、体育館の窓から紅白の幕がはっきりと見えていた。入学式だったのだろう、曇り空だったが、満開の桜と紅白の幕の重なる所だけは青空を感じた。

ウォーキングをしたり、サイクリングに出掛けたり、炬燵に潜りっぱなしの冬と違い春は外に飛び出したくなる。春に飛び出すと、色んな妄想が頭の中をオタマジャクシのように交差する。

例えば梅は『桜には勝てんわ…』と思い寒い時季に咲く事にしたんじゃないかな?とか、 コブシは『桜に負けてたまるか!』と花びらを大きくしたけど勝てなかったので少し開花を早めたんじゃないか?とか、しかし桜は桜で他の花に遠慮して開花を遅らせていたり?とか…

とにかく変な妄想は尽きない。

小学生の色とりどりのランドセルと重ね合わせ、色とりどりの花の事情を考えたりも面白い。一年生は黄色い交通安全のカバーをランドセルに付けている。まだ蕾と言う事で咲かせる色や大きさも分からない。だけど一年生でも、それぞれの色を既に秘めている。これから色んな事情を抱え、咲く時季や色の選択をして行くのだろう。どうかしっかりと根を張れる場所を見つけ、それぞれの色で咲いて欲しい。

東京は明日少し寒くなるようだ。休日をどう使うのかちょっと悩むな…

タンポポの種のように、風まかせに…
相模原市児童相談所に助けを求めたのに、保護されず中学生が自殺した。相模原市の児童相談所は本当に大丈夫か?

ちょっと前も少女たちを全裸にして所持品検査をすると言う事をしている。相模原市長や議会はちゃんと機能してるのか?大人たちの行いで、子供たちが犠牲になるばかりだ。子供が助けを求めてるのに、助けないなら、あんたらの仕事は何なんだ?


母親の連れ子での再婚の児童虐待が本当に多い。インタビューを受けた母親の言葉に唖然とした。『言う事を聞かないなら、どうしたら良いんですか?』と記者に逆ギレのように言った。

言う事を聞かないのは、子供が成長し自立して来たと言う事だ。自分の子と言えど、所有物ではない。子には子の人格があり、考えがある。親子と言えど対立はあるのは当たり前だ。むしろ子の成長を心の底で喜ぶべきだ。それを言う事を聞かないと言って暴力を持って子供を抑えつけるのは間違いだ。

たとえ子供の考えが未熟であっても、それはそれで良いのだ。親からすれば子供を含め家族だが、しかしそれは子供には仮の家族だ。子供たちの本当の家族とは、やがて愛する人と出会い育む暮らしの事を言う。その仮の家族の時の子供には未熟さゆえに転び傷つく事もあるだろう。しかしそれは子供たちが本当の家族を持つ時の耐性に繋がる。親は子供が転ぶのを、ちゃんと見届けてやれば良いのだ。暴力で抑えつけるのは何の為にもならない。人格を殺し、存在を殺してるだけだ。自殺した中学生は、自殺する前に存在を殺されたのだ。自殺だけど両親に、そして児童相談所に殺されたのだ。

ちょっと前には推薦入試が出来ないと言う事で少年が自殺した。子に告ぐ!自殺はするな‼ 親より先に命を絶つ事はルール違反だ。順番はちゃんと守れ‼ 順番は守れ‼

学校では命の在り方について子供たちにちゃんと教育出来ているのだろうか?どこか命や自殺について触れない教育をしていないか?

命に対しての教育もちゃんとしろ!あの世に行く順番だけはちゃんと守るように教育しろ!それを伝えるだけで思い止まった命があったはずだ。伝えろ!

子らは親に期待するな‼ 所詮今は仮の家族の中なんだ。分かってもらえない事が大半だ。クソジジイ、クソババアと思っておけ。君たちはいずれ仮の家族から巣立ち、本当の家族を持つことになる。その時の事を考えなさい。

あの世に逃げず、違う場所を探せ。必ず君の場所はある。その場所には見た事もない美しい花が咲いてたりする。

虹の袂がきっとある‼