2週間前から胃の調子が悪い。昨年もこの時季に胃の調子が悪かった。胃潰瘍だと思い、ピロリ菌が胃に悪さをする事を学び、LG21と言うヨーグルトを食べ続けた。その効果か分からないが胃の調子は徐々に回復した。
今の胃の調子も昨年と同様の症状だ。ヨーグルトでピロリ菌を滅ぼす事が出来なかったと言う事になる。
毎年のようにこんな症状になるのはツラいので、病院に行くしかないなと今は思っている。ストレスや疲労などで免疫力が落ちた時にピロリ菌が活発化するのだろう。腰痛持ちでもあるので、体の表裏でゴ・バ・ダ・ジ・デと言うような音がするように痛い。
昨日6年程勤めた店を辞めた。店長とやり合ってから4日も我慢して出勤した事も、ゴ・バ・ダ・ジ・デと胃が悲鳴を上げる原因なのだろう。朝は胃の痛みで目が覚めるような状態だった。
今日は1日横になって疲れを取る事に徹した。精神安定剤として一冊の本を読んだ。石井ゆかりさん著書の水瓶座♒を読んだ。世の中で生きて行くと理解して貰えない事だらけだが、この一冊は本当に自分を理解してくれていた。帯に書かれた言葉だけでもそれは分かる。『既成概念にまったく左右されず、ゼロから思考する人々』
僕は分析するのが好きで、分析ばかりしている為に分析力には自信もある。ゼロから考えを構築して分析する事は楽しい。『こんな事を誰もしないけど、この方がインパクトあるよな』と考えて実行する事も普通にある。例えば舞台を上演するにあたり、チラシを創る。その芝居のタイトル、公演日時、場所、キャスト、などを印刷したチラシだ。他の劇団の公演の時、フライヤーに宣伝としてそのチラシを織り込ませてもらうのだ。何会場も周り、新聞配達員のようにチラシを何万枚と織り込んだ。チラシは目立ってなんぼだと僕は考えた。お金はないのでカラーは難しい。白黒ならば安く済むが、目立たすのは難しい。そこで考えたのが表は白黒の写真だけにして、タイトル、公演日時、場所、キャストなどは全て裏に印刷した。他の劇団のチラシは大抵、写真やイラストなどと共にタイトルも表に印刷する事が常識のようになっていた。僕が考えたように表に文字が一切入らないチラシはなかったのだ。しかも格好いい!格好いいのだ。それによってお客さんが見知らぬ劇団の公演に行く事は少ないのだが、チラシの存在感はフライヤーの中では一番だった。
その様に、水瓶座って常識に囚われない考え方をするのは普通なのだ。常識を全面的に否定する訳ではない。僕も常識通りに行動はしてみる。だけど常識ばかりじゃつまらないし、どんな常識も取り敢えず分析してみる。うーん?この常識はちょっと変じゃないか?と分析した上で周りに訴えたりもする。
なんとかこれをもっと合理的に出来ないものかと、常に考えている。ちょっとずつちょっとずつ与えられたやり方などを変化させて合理化する。ほら、この方がやり易い。これ必要か?何の意味があるねん? と、このように分析して考えると、僕が辞めた店は問題だらけだったのだ。例えば一昨年辺りからメニューがめちゃくちゃ増えた。メニューが増えるとお客さんがメニューに迷いオーダーするのに時間が掛かる。要するにピーク時の回転率はがた落ちになる。配膳係の方々も年配者ばかりなので、覚える事もままならずミスが連発する。現在の外食産業も高齢化になってしまったいるのだ。しかも手の掛かるメニューばかり増えたので、当然料理の提供も遅れる。回転率はそこでも落ちる。メニューが増えた事で仕込みは倍増する。1つの料理だけでも4つ5つ野菜のカットなどの準備が必要だ。準備が間に合わなくなると野菜を切りながらオーダーを仕上げたりもある。トンカツ屋でもないのにトンカツ用の肉が2種類もある。2種類もトンカツ用の肉があると、日によってはトンカツが出ない日もあるので廃棄処分が増える。毎日のようにトンカツ用の肉を10枚、20枚と僕は棄てていたのだ。僕は食材を棄てるのは大嫌いだ。僕が棄てた肉だけでも500枚は越しているのではないか?経営側の上役が店に顔を出した時、僕は色んな事を訴えたが、酷くなる一方だった。店長や社員が声を上げないので、全く改善される事なく毎日は過ぎて行く。新メニューが悪いと言ってるのではない。お客様を飽きさせない工夫は必要だ。しかし限度もなく新メニュー連発は現場が混乱するだけだ。回転率や廃棄処分や純利益もちょっとは考えろ!ともう一言付け加える。こんなように現場と経営陣が交わらないから大企業も大きな損失を出し、経営が傾くのだなぁと分析出来る。
『そんな店で働いていたのだからストレスが溜まりピロリ菌が暴れ出したのだ』と、このブログを書きながら分析出来た。

今の胃の調子も昨年と同様の症状だ。ヨーグルトでピロリ菌を滅ぼす事が出来なかったと言う事になる。
毎年のようにこんな症状になるのはツラいので、病院に行くしかないなと今は思っている。ストレスや疲労などで免疫力が落ちた時にピロリ菌が活発化するのだろう。腰痛持ちでもあるので、体の表裏でゴ・バ・ダ・ジ・デと言うような音がするように痛い。
昨日6年程勤めた店を辞めた。店長とやり合ってから4日も我慢して出勤した事も、ゴ・バ・ダ・ジ・デと胃が悲鳴を上げる原因なのだろう。朝は胃の痛みで目が覚めるような状態だった。
今日は1日横になって疲れを取る事に徹した。精神安定剤として一冊の本を読んだ。石井ゆかりさん著書の水瓶座♒を読んだ。世の中で生きて行くと理解して貰えない事だらけだが、この一冊は本当に自分を理解してくれていた。帯に書かれた言葉だけでもそれは分かる。『既成概念にまったく左右されず、ゼロから思考する人々』
僕は分析するのが好きで、分析ばかりしている為に分析力には自信もある。ゼロから考えを構築して分析する事は楽しい。『こんな事を誰もしないけど、この方がインパクトあるよな』と考えて実行する事も普通にある。例えば舞台を上演するにあたり、チラシを創る。その芝居のタイトル、公演日時、場所、キャスト、などを印刷したチラシだ。他の劇団の公演の時、フライヤーに宣伝としてそのチラシを織り込ませてもらうのだ。何会場も周り、新聞配達員のようにチラシを何万枚と織り込んだ。チラシは目立ってなんぼだと僕は考えた。お金はないのでカラーは難しい。白黒ならば安く済むが、目立たすのは難しい。そこで考えたのが表は白黒の写真だけにして、タイトル、公演日時、場所、キャストなどは全て裏に印刷した。他の劇団のチラシは大抵、写真やイラストなどと共にタイトルも表に印刷する事が常識のようになっていた。僕が考えたように表に文字が一切入らないチラシはなかったのだ。しかも格好いい!格好いいのだ。それによってお客さんが見知らぬ劇団の公演に行く事は少ないのだが、チラシの存在感はフライヤーの中では一番だった。
その様に、水瓶座って常識に囚われない考え方をするのは普通なのだ。常識を全面的に否定する訳ではない。僕も常識通りに行動はしてみる。だけど常識ばかりじゃつまらないし、どんな常識も取り敢えず分析してみる。うーん?この常識はちょっと変じゃないか?と分析した上で周りに訴えたりもする。
なんとかこれをもっと合理的に出来ないものかと、常に考えている。ちょっとずつちょっとずつ与えられたやり方などを変化させて合理化する。ほら、この方がやり易い。これ必要か?何の意味があるねん? と、このように分析して考えると、僕が辞めた店は問題だらけだったのだ。例えば一昨年辺りからメニューがめちゃくちゃ増えた。メニューが増えるとお客さんがメニューに迷いオーダーするのに時間が掛かる。要するにピーク時の回転率はがた落ちになる。配膳係の方々も年配者ばかりなので、覚える事もままならずミスが連発する。現在の外食産業も高齢化になってしまったいるのだ。しかも手の掛かるメニューばかり増えたので、当然料理の提供も遅れる。回転率はそこでも落ちる。メニューが増えた事で仕込みは倍増する。1つの料理だけでも4つ5つ野菜のカットなどの準備が必要だ。準備が間に合わなくなると野菜を切りながらオーダーを仕上げたりもある。トンカツ屋でもないのにトンカツ用の肉が2種類もある。2種類もトンカツ用の肉があると、日によってはトンカツが出ない日もあるので廃棄処分が増える。毎日のようにトンカツ用の肉を10枚、20枚と僕は棄てていたのだ。僕は食材を棄てるのは大嫌いだ。僕が棄てた肉だけでも500枚は越しているのではないか?経営側の上役が店に顔を出した時、僕は色んな事を訴えたが、酷くなる一方だった。店長や社員が声を上げないので、全く改善される事なく毎日は過ぎて行く。新メニューが悪いと言ってるのではない。お客様を飽きさせない工夫は必要だ。しかし限度もなく新メニュー連発は現場が混乱するだけだ。回転率や廃棄処分や純利益もちょっとは考えろ!ともう一言付け加える。こんなように現場と経営陣が交わらないから大企業も大きな損失を出し、経営が傾くのだなぁと分析出来る。
『そんな店で働いていたのだからストレスが溜まりピロリ菌が暴れ出したのだ』と、このブログを書きながら分析出来た。

