天気予報は傘マークだったが、雨模様は崩れる事なく東京の日曜日は終わった。湿度が高かったせいか、気温以上に暖かく感じた。立春を越え桜の気配を感じさせる生暖かい日曜日となった。

今日は渋谷に真子麗奈さんのライブに出掛けた。昨年6月に行われたライブと同じ場所 gee -geだった。上京して良かった事の1つに音楽がある。東京中心にライブ活動するアーティストが多いので、大阪で暮らしていた頃よりもライブに行く機会は増えた。もう1つはプロ野球観戦だ。僕はカープファンなので大阪の頃は甲子園に行くしかなかった。東京なら東京ドーム、神宮球場、横浜スタジアムで観戦出来る。今は交流戦もあるので、西武ドームと千葉マリンスタジアムにも観戦に行ける。

大阪の頃によく行ったライブハウスはミューズホール、バナナホールなどだ。大阪フェスティバルホールや厚生年金会館などの大きな会場にもよく出掛けた。高校生の頃から一人で音楽を楽しんでいた。友達と音楽の趣味が違う事もあり、一人で出掛ける事が多かった。

上京して誰かとライブに行ったのは2度だけだ。1つは長渕剛さんのファンの知人に誘われて横浜アリーナに行った。もう1つは吉祥寺のMANDARAⅡに野本直美さんのライブに行った。野本直美さんのライブに一緒に行った人は女優だ。僕が脚本を書いた舞台の役柄の1人に歌手があった。その役柄のモデルが野本直美さんだったのだ。役のイメージを掴んで欲しくてライブにその女優を連れて行った。その時の役柄の名前が田中道子だった。最近テレビでよく見るタレントの名前と同じだ。役柄の田中道子とそのタレントとの共通点は0に近い。演技指導に随分苦労したので、イメージは掴めなかったのだなと思った。田中道子を演じたその女優がそこそこ歌えたので、歌うシーンだけは良かった。その歌は僕が作詞作曲した。その舞台で田中道子が歌う為に創作したのだ。何曲か創ったが『産声のように』と言う最初に出来た曲に決めた。その切迫感のある創作活動がきっかけで、出来はともかく1日1曲位は歌が創れるようになった。゙アイドル松田聖子が歌うなら"と言うお題が出ればお題に合わせて歌が創れると言う事だ。AKBに1曲と言われれば、1日あれば1曲創れる。繰り返すが、出来はともかくだ。

『タイアップの話があったりすると歌が生まれる』と真子麗奈さんはライブで語っていたが、理解出来る。何時何時迄にと言われれば集中力が増すのだろう。『さくら』と言う曲もそんな中で生まれたそうだ。あんな名曲は僕には到底書けない。僕の中の名曲百選を頭の上に並べると、シンガーソングライターとして活動されてる方々の感性ってやっぱり凄いなと改めて思う。

そんな名曲“さくら”で始まった今回のライブ、春一番が吹いたように僕の頭をスッキリさせてくれた。水曜日はいよいよ胃カメラ検査だ。胃の中もスッキリとなっている事を今は願う。
節分と言える春を感じさせる陽射しが降り注いだ。胃潰瘍も薬とストレスの原因を取り除いた事で少しずつ楽になって来た。胃の痛みで起床する事は無くなった。

掃除と洗濯を済ませて、あまりに天気が良かったのでお散歩に出掛けた。いつものコースと言っていいのか、玉川上水を下った。吉祥寺から西武国分寺線鷹の台駅までのコースだ。直線距離で5キロ位かな? いつか引っ越しするなら次は鷹の台駅周辺にしたいなぁと思っている。出来れば玉川上水沿いの林を潜り、木漏れ日の中を駅まで歩けるような所に住みたい。舗装されてないので、靴が多少汚れるが土の上を歩くのは良いものだ走る人

5キロは現状ちょっとキツかったか?胃にちょっと負担が掛かったようだ。来週の検査まではゆったり過ごそうと思う。次の仕事も探さなくてはならないが、先ずは体の調子を整える事が重要だ。

帰りは鷹の台駅から東村山駅で乗り換え、西武新宿線武蔵関駅で降りた。恵方巻きを自分で巻いて食べる予定だったので、切らしていた米と海苔を買って帰った。恵方巻きの具は、ズワイ蟹の缶詰とレタスが家にあったので、サラダ巻きにした。オイオイ、ズワイ蟹の缶詰なんてえらい贅沢やなと言われそうだが、ドンキホーテで安売りしていた時に購入したものだ。300円位だったと思う。本来は500円以上するものなので、これが初めてのズワイ蟹缶だ。かなり前に購入した蟹缶だが、何に使うか判断に迷ったのでずっと棚の中で飾りのようになっていた。蟹缶が家にあるだけで何かリッチマンのような気分にもなる。自分の収入ならばツナ缶やサバ缶がお似合いだ。蟹が半分残ったので明日は蟹チャーハンにしようと思う。それか味噌ラーメンに入れようか? 巻きすが家になかった事に気づいたが、面倒だったのでラップで代用。一応寿司屋でも働いていた事があるので、巻き方は覚えている。あまり器用ではないので巻き寿司は苦手だったが、下手なりに巻けた。

方位磁石をセットして北北西を確認。正座に座り直してパクりモグモグ✨美味い!と思った。言葉を発してはならないのだ。回し車を回しながらグリ子が食べ物を要求。そんなグリ子もとにかく無視し、恵方巻きを黙々と頬張った。恵方巻きは言葉を発してはならないと言うプレッシャーで、ついつい早食いになりがちだ。だけど今は胃の負担を考えているので、ゆっくりと良く噛んで食べた。

食べ終えて気付いたのだが、願い事を忘れてしまった…

良く噛んで良く噛んでばかり考えていたので、完全に忘れてしまった…まあいい、胃の事を考えて食べたので、胃が良くなると言う願いが叶えばそれでいい。のだ…


 
今日、近所の内科院で診察してもらった。朝は混んでいるんじゃないかと思い、午後に出掛けた。出掛けたと言ってもアパートの真裏だ。新しい病院で、初めてそこで診てもらった。小さな病院ではあるが、待合室は広々としていて解放感と清潔感があった。それに患者が0だったので余計に解放感があった。受付の人に風邪ですか?と最初に聞かれたので、風邪やインフルエンザが流行っている事が分かる。

名前を直ぐに呼ばれ診察室へ入った。待合室の解放感と清潔感とのイメージとは違う先生がそこに居た。不潔と言う訳ではない、小柄で白髪混じりの50代後半と言う先生と待合室が不釣り合いに感じたのだ。なんかリラックス出来る先生で、症状を伝えながら安心感が得られていた。

十二指腸潰瘍、胃潰瘍と以前に患った事を話し、今も同じ様な症状である事を伝えた。来週胃カメラの検査をする事になった。処方された薬は潰瘍や胃炎に良く使われる薬で、これが結構即効性があるのだ。以前の胃潰瘍の時も、直ぐにムカムカが解消した。夕食後に薬を飲んだが、かなり胃の不快感は静まっている。やっぱり直ぐに病院へ行くべきだったと反省している。昨年、胃カメラが嫌だったので、何とかヨーグルトで病気を治そうと思った苦労がアホみたいだ。たった薬1錠で胃の不快感が解消出来るのだ。胃カメラの検査とピロリ菌の有無をこの際ハッキリさせて、二度と胃潰瘍にならないようにしようと思う。薬は胃カメラ検査まで1週間分ある。胃潰瘍完治してるかも?

ただピロリ菌がいる限り、これからも胃潰瘍の心配が付きまとうので、ピロリ菌全滅までしっかり治そうと思う。

僕らの世代はピロリ菌を持ってると聞くが、周りに胃潰瘍になったと言う事をあまり聞かない。ピロリ菌を持っていても症状の全く出ない人もいるらしい。体質やストレスや免疫力低下と言ったものが複合的に絡み合い胃潰瘍になったりすると言う。僕が十二指腸潰瘍に初めてなった時もストレスが溜まっている生活環境にあった。胃の不快感を持ちながら病院にも行かなかった。仕事中に突然、胃に激痛が走り呼吸困難になり救急車を呼んでもらった。初めての救急車がそれだった。

胃に穴が開いたような激痛で、後にも先にもあれが今までで一番の体の痛みだった。点滴も初めてで、点滴されている途中に痛みは和らいで行った。翌日胃カメラの検査をした所、十二指腸潰瘍と診断された。十二指腸潰瘍の影響で胃痙攣を起こしたのが激痛の原因だった。

ストレスに自分は弱いのだなと思う。たぶん僕は自我が強いのでストレスを受け易くなるのだろう。生きて行くには自我を抑えて周りと上手く調和しなくてはならない。自分の強い自我を抑える為にストレスが発生するのだろう。自我が強いくせに、周りに気を使ってしまうと言う一面もあると言う事だ。自我、自我、自我で押せる人ならストレスは発生しない。中間子として産まれた事で、強い自我にブレーキを掛けてるのか?そのブレーキ音のキキーと言う音がそのまま胃の痛みと言う事なのだろう。

よく『貴方はそう言う所があるね』と言われ戸惑う事がある。自分の事って他人に言われて気づかされる部分ってあると思う。自分で自分の事を理解しているようで、見えない部分が沢山あるのだろう。自分の背中を自分では見えないが、他人からは丸見えだ。自分に見えない『心の背中』ってものがあっても不思議な事ではない。我が儘な行動が優しいと言われたり、傷つけるつもりはなかったのに人を傷つけたりと…自分ってのを理解するのは本当に難しい。自分らしい、自分らしくない、のどちらも自分なのだ。

今後も僕の病気の原因はストレスから発信と言う事になるのだろう。