【日曜日はヨガトーク】今までが間違っていたわけではなく、その先があっただけ。



手間をかけるのって大切だと思っている大森です。

だからといって仕事が遅いのも考えものですよね。

とりあえず頑張れって感じです。笑


今回は、何かトラブルが起こったからといって、今までを全て否定することなないかな、というお話です。

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何かスポーツをしていて、やりすぎてカラダを痛めてしまった経験があるもいらっしゃると思います。

スポーツでなくても、日頃カラダのことを考えて体操やウォーキング、ランニングをしていたのに、かえってカラダを痛めてしまうこともあるかもしれません。


こういうことが起こると、運動もいいけど、怪我したら元も子もないよね、という感じになってしまいますね。


でも、本当に「元も子もない」のかな、なんて思うのです。


カラダを動かすことは、少なくとも筋肉を活性化しますし、血流を良くしたり、筋肉の衰えを防ぎます。

何より「カラダに意識を向ける」ということ自体が大切なことだと思っています。


それでも、何かトラブルが起こったということは、何が良くなかったのかというと、

カラダへの意識レベルが足りてなかったのだと思います。


体力レベル、カラダができることを超えてしまうと、ケガになります。

何をするにも、そこを見誤ってはいけないのですが、

でも、そこを見極めるのって、とても難しいことです。


だから、カラダが痛みとして教えてくれているとも言えるのではないでしょうか。


ケガの程度もありますから、大怪我をしてしまったら元の状態に戻るのは難しいでしょう。

諦める、という選択肢も致し方ない場合もあります。

しかし、そこまで行っていなければ、ケガはさらなる体力レベルアップにつながると思っています。

ケガした原因を考え、感じることは、自分と向き合うことです。


その考えは、ヨガのようです。


ある程度続けられていた、ということは、すべてが間違っていたわけがないんです。

「どこかにボタンの掛け違いがあった」、それを見つけたいんです。



そうすることで、新たな自分の発見につながり、新たな自分の可能性に気づくことができる「キッカケ」と言えるんじゃないかな、と思っています。


すべてを否定したら、それは自分と向き合うことすらも否定してしまいます。

そこからは、何も生まれないんじゃないでしょうかね。



ちなみに、大ケガをしてしまって元の状態に戻るのが難しい場合でも、今まで培ってきたものは、必ずあるはずです。

それって、ほかのことに全く役に立たないものでしょうか?



ヨガは受け入れることです。


現状を受け入れ、感じることで、きっとその先があります。




大森 剛/OMORI TAKESHI
http://www.largeforest.com/