皆さん、努力とはどこまでが努力で、どこまでが当たり前なのか分かりますか?
たとえば、私は弁護士になりたい。
弁護士になるために、毎日勉強して、徹夜して、電車などの移動中も勉強に励んでいます。
これは、努力している?それとも当たり前?

私は当たり前だと思います。

何故?と聞かれたら、何かになりたい、何かを目指したいと思ったら、努力しているという言葉は
自分への甘えですよ。何かを目指すなら、何かを失いますよ。

時間なのか、恋人なのか、友達なのか、お金なのか、、、
何かを目指すなら何かを犠牲にできないなら最初から目指さないこと。

逆を言えば、何かを犠牲にしても、目指すものがあるのなら頑張ればいい。

何かを目指すなら、努力と言う言葉は絶対に使ってはいけない。

なぜなら、努力しています=自身への逃げ道

何かを目指すために何かを始めるのは努力ではなく、当たり前なんですよ。

たとえばですが、大学に行くために塾に通いたい。

塾の月謝を払うために、アルバイトを始めた、、、

これは当然です。


自分ができる範囲でやれることをやることは当然であり、それが自分で努力してます、って
人に公言すること自体、自己満足だと思うんです。

貴方以上に頑張っている人はたくさんいます。
努力しているかどうかは、周りの判断であり、自身の判断ではない。
自身を判断するときは、自身が相手に求められた結果を出すことができたり、
自身が目指しているものを達成したときに自身を褒めてあげたらいいと思います。
やるべきことはすべてやる、求められればすべてやる、そして結果を出していくことが
何かを目指していくうえで必要なものだと私は思います。

自身が努力しているんだ、、、なんて人に言わない。
努力は周りが認めてくれること、そして本当の努力をしていれば、必ず何かをつかめるものですから。

100あるうち、たった一つだけ成功する人は素早いと思いますか?
100回に一度の成功、つまり99は失敗や挫折ということになる。
皆さんはどちらが素早いことであり、褒めるならどちら?
私はたった一度だけ成功したほうです。
何故なら、99回転んでも挫折しても同じ道を歩き続けたからです。
どんなに苦しくても迷っても愚痴言わないで歩き続けたことが素早いと思います。
愚痴を言う奴はいつも自分の現状や周りを知らないで誰かの責任にして、いつも逃げ道ばかり探している。自分が挫折したり失敗したことは、100%自分が悪い。
誰かの責任ではない。
99回成功しようとするから必要以上に誰かの責任にしたがる。
99回失敗したっていいじゃないですか。
恥ずかしいことなどないし、失敗したからこそわかることもたくさんある。失敗が今までの自分に持っていなかった何か新しいものを生み出してくれる、何かに気付くことができる。
その経験を生かして自分が信じた道をひたすら歩き続ければ必ずチャンスが訪れます。
だから、逃げたり愚痴言わないで自分が選んだ道を最後まで信じて、周りや仲間を信じて歩き続けたらいい。
失敗しっぱなしが1番悪い。失敗を恥じることなくまた立ち上がる。
いいですか、ほとんどの人達は失敗の繰り返しです。でも何かを切り開く人は自分と周りや仲間を最後まで信じた人だと思います。
今、貴方は自分や周り、仲間を信じてますか。
最後まで信じられますか。そして自分が選んだ道を最後まで歩き続けられますか。
これらの答えがYesかNO人はきっと一年後に成功の道と苦しみの道に別れているでしょうね。
貴方はどっち?

昨年から進めてきました当社企画「夢Canday」ですが、今まで苦しみながらも続けてきましたが、

今日からリニューアルしてビックに生まれ変わってスタートしていきます。
当社の進めていく取り組みは「3Kaind」、つまり三つの優しさをせを世界中に啓蒙していきます。
一言で説明しますと、3Kaind」のロゴシールが貼ってある、又は印字されている商品やサービスの売上の一部を、三つの社会貢献に利用していきます。
三つの社会貢献とは、①全国の施設や学校との野菜作りと植樹への取り組みへ、②全国の森林の保護活動へ、③JCV(世界の子供たちにワクチンを届ける。

です。これらの取り組みを広く広げていくために、3Kind商品を多くの方にご利用頂くために、「夢Canday」のテレビ番組やイベント等を通じて、啓蒙活動、3Kind商品の販売促進活動を行っていき、夢Candayの実施により、

芸術家とアスリートの支援、応援、育成と新しい雇用作りにつなげていきます。

このんな取り組みです!

今までより分かりやすく、とても中身が濃い企画で実施していきます。

エンターテイメントだけではいけない、影響力があるからこそ「楽しい」だけではいけないと思うんです。

世界中には、今のこの一瞬を苦しんで生きている人がたくさんいます。

どんな理由であれ、生きることが苦しいと考えてしまう瞬間が人にはある。

でも、生まれてきたには必ず理由があり、たとえ苦しい環境に生まれたとしてもそれは誰のせいでもなく、

自分がその環境を選んで生まれてきたんだ、、、と私は思います。

私も施設で育ち、養親に育てられ、学校では「拾われっ子」といじめられた時期がありました。

そのときは産みの両親と養親をうらみました。
でも、私は産みの両親を選び、養子に行く環境を自分が選んで生まれてきた、、、そう考えています。

そう考えることで、自分がこれからやらなければならないことが見えてきましたし、自分の存在と生きていく意味がわかりました。

今にたどり着くまで挫折もたくさんしました。

でも、人はいつでもリニュアールできるんです。

自分に気づき、自分から変わろうと思うことで、新しい道を誰もが歩くことができる。

だから、今を苦しんでいる、迷っている人は、今の環境を誰かの責任にするのではなく、自分があえて選んだ道であると考えて、自分の考えをリニュアールしてみたらどうですか!

人はいつでも変われますから!!