本当に私が感じること。
それは、「本当に必要としている人、会社には金融機関は関心がない」
「本当に悩んでいる人、企業の為の法律はない」
「本当に助けを待っている人々に救いの手は届かない」・・・・・・
色々ありますね。
この世の中、本当に必要としている人、会社のために何かが動くと言うことが少ない、
いや、ないのかもしれない。
例えば、中小企業で本当に資金調達が必要なのに銀行は貸しやしない。
なのに、しっかりしている会社にはお金を貸す。
銀行も不良債権の問題など、銀行としての立場もあるのだろうが、
中小だって、個人だって本当に世の中に必要な商品、サービス展開している会社はたくさんある。
もちろん、全ての中小が資金調達できないわけではない。
例えば、代表者の信用(今までに金融機関から借入してしっかり返している実績があるなど)があれば、
なんとか借入はできるでしょう。
でも、代表者の過去の実績とか、過去のトラブルとか関係あるかい、、、と私は思う。
過去はどんなことをしても消すことはできない。
過去に失敗した人間だって這い上がれる社会でなければいけない。
大学を卒業している人と中卒とどっちが信用があるかって?
そんなことどっちでも関係ないだろう。
過去に何かの犯罪をしたから、社会的信用がない、、、、そんなこと関係あるか。
人は誰でも失敗する、誰でも過去を背負っている。
過去は過去、誰も過去のために生きているわけではない。
今を一生懸命に生きているんだ。
私が上記で書いたことも、きれいごと、社会ではそんなことが通用するとは思っていない。
でも、過去で物事を判断することは絶対に私は間違っていると思う。
犯罪が減らないのは、犯罪を犯したという過去を持っていると色々な障害と規制があるからだ。
過去の過ちは刑務所などで清算したはず。
でも、刑務所から出てきました、、、と言えば、誰もが否定し、誰もが「また同じことをする:」と考え、
誰もが本気で信用することは少ない。
でも、上記の例も「過去」を責めているだけで、私から言えば、「お前も一歩間違えれば刑務所から出てきた
その人と同じ道を歩んだかもしれない、そしてこれからの人生で彼と同じ人生を歩む可能性だってある」ってことだ。
誰も好き好んで失敗をしているわけではない。
何かがきっかけとなって犯罪を犯したのであり、犯罪は全て本人だけの責任ではないと私はいつも
思っている。
確かに自身より弱い人や動物に対して傷つけることは許されない。
でも、その人も生まれたときからそんな卑劣な人間であったとは思わない。
彼が生きてきた人生の中で関わった人々全員に責任がある。
うまくいえないが、本当に心から悪者は居ないし、過去の生き方で人を決め付ける社会が一番悪い。
誰だって幼い頃は夢や希望を抱いて生きているんだ。
その夢や希望を追っている最中に何がたまたまあった。
そして人としてやってはいけないことを犯したかもしれない。
でも、その失敗にけじめをつけてもその人が立ち直る為に「勝負」をかけたい時にも、
その一度の間違いが足を引っ張り、前に進めないことが多い。
人は失敗はする。
失敗をしたことを責めることより、失敗したことにけじめをつけさせ、
そしてきちんとしたチャンスを彼に与える社会でなければいけない。
失敗したら次がない、失敗した人が一生夢を追うことができない社会なんてあってはいけない。
こう書いていると私が犯罪者をかばう?という書き方に見えるかもしれないが、
そういうことを言いたいのではない。
本当に必要としている人や会社に国が、成功者が、政治家が、能書き言うコメンテーターが、
何とかしてやれ、と言いたい。
本当に何かを必要としている人、会社はたくさん居るんだ。
過去で物事を判断するな。
物事の判断は「今こいつが本気なのか」じゃないのか。
死を選んでもこの事に関してはひけない、と言える人や会社を何故応援しない。
もっと「本気」の会社や個人を大切にして欲しい、守って欲しい。
だって、失敗にくじけず今、「生きよう」と考えているのだから。
応援しなければ行けないのではないのか。
こんな熱い人間こそ、社会を変えることが私はできると思っている。
ガンバ!!